療育手帳の更新をしてきました。

2019年6月1日

療育手帳の更新が我が家にやってきました。

療育手帳は申請しないと、やってきませんし、更新しないと、次は使えないものです。

つまり、手帳を作るか作らないかは「あなた次第」というものなのです。

療育手帳ってどんなの?

療育手帳とは?
知的障害者に都道府県知事(政令指定都市にあってはその長)が発行する障害者手帳である。(ウィキペディアより)

で、目的としては~?

知的障害児・者に対して、一貫した指導・相談等が行われ、各種の援助措置(後述)を受けやすくすることである(ウィキペディアより)

なのだそうです。

実は私もウィキペディア読むまで知らなかった~(^^;)

我が家の場合、手帳の存在は、療育機関にずっと通っていたので、教えてもらって作ったって感じです。この手帳は、障害をもっているからといって、作らなくてはならない、といったものではないのです。

しかし、手帳をもっていることでいろんな割引を受けたり、「こういった子です」という事を見せるだけでわかってもらえる、というのがあるので、我が家では作りました。

手帳を作ることによって、相談機関に行って、書類を提出しなければならなかったり、審査を受けなければならなかったり、それも更新の度に・・・なので、面倒なのと、家庭の事情バレバレ(;^ω^)というのもあったりするので、その家庭の判断で、持っておくかどうか分かれるものでもあると思います。

審査の段階で、

「こんなことも教えてないの!」
「あんなこともやってないの!」

てな感じに聞こえる場合もあったりします。審査は子どもの発達のテストなんですもん。人それぞれの受け止め方でしょうが、メンタル鍛えて、穏やかな時じゃないと、ちとつらい時もあります。←私だけかもしれないけど~(>_<)

療育手帳の更新手続き

我が家の場合の療育手帳の更新手続きは、

更新月の2,3カ月前に、役所へ更新手続きしたいんですけど~と行きます。すると、申請用紙を出されて、その場で記入。それで申請した、ということになるようです。

その後、手帳を作るにあたって、子どもの発達検査と私への質問(詰問?^^;)があるのですが、その日程と場所が書かれた書面が送られてきます。

日程が合わない時は、変更できるようですが、いつも送られてくる日にちはかなり先の話になっているので、我が家では日程の変更をしたことはないです。

そして、更新のための面談&検査日、所定の場所へGO~

てな流れです。

面談&検査日すぐに手帳ができるわけではなく、後日、「手帳ができました~」というお知らせの手紙が届いて、役所に手帳を取りに行きます。

どの自治体も同じではないのかもですが、写真を変えたりするのがいやな人は、交換ではなく、その手帳に欄があるかぎり、判定を付け加えて行くこともできるようです。

でもそうすると、旧手帳を渡して、付け加えてもわらなきゃならないので、新手帳ができるまで、手帳が使えないって時期ができてしまうのが難点です。

新しい手帳を常にもらう方が、新手帳ができた時に旧手帳を渡せばいいので、手帳が使えないという時期がでません。

我が家では高速道路の割引で療育手帳をよく使わせてもらっています。

他、電車やテーマパークの割引の際も療育手帳を使います。テーマパークでは介護している私も割引がうけられる場合もあり、とても助かっています。

今年の療育手帳の更新はこんな感じでした

我が家の所在市では、家庭センターというところでいつも行われます。

今年も、待合所でかなり待たされました。
待合所には子どものおもちゃとか本とか置いてあるのですが、
うちの息子はそこにあまり反応しない~(T_T)
youtube見せろ・・・と、私の携帯狙ってて、待合所でバトルです(;´Д`)

呼ばれた時間に行っているのに、
こういったところや病院では
なぜ待ち時間が長いのか不思議です(´-ω-`)

その後、息子の発達検査の担当の方と、私の面談担当の方、二人の女性がやってきて、それぞれの部屋へ案内されました。

いつもその検査をしてくれる女性は若い女性で、子育て前の方のようなのですが、
よく子どものことを勉強されてるな~という印象をうけます。
そういった勉強があるのでしょうか・・・

毎年、違う若い女性二人が検査員なのですが、男性とか、おじさんとかおばさんとかにあたったことがない。つ~がいないのかな?これが毎年の疑問です。イケメンさんでもいいのですが・・・(最後に願望がでたな^^;)

 

更新の時にするのは、子どもの発達検査と、母への子どもの様子の聞き取り

さて、息子の発達検査は、今は大きくなってしまったので、別室で検査員の方と1対1でやっています。なので何をやっているのかさっぱりです。

最後に検査結果の説明があるのですが、こんな事をやりました~みたいな簡単な説明では、全貌が見えません。今年は折り紙とかもやらされたみたいだけど、
すまん、折り紙できないよね(;´Д`)
もっとよく教えとけばよかった(T_T)

私への聞き取り調査は、息子とは別室で、

日常生活の、たとえば、
暑い時、寒い時はちゃんと脱ぎ着自分でできますか~?とか
ご飯は自分で食べれますか~?とか
学校での様子はどうですか~?とか

そんな感じの質問です。

「あああ~もっと教えとけばよかった」
「げげげ・・・こういったことが問題とされるのか・・・」
なんて心の中は後悔の嵐。

質問されている間、私の子育てこれでいいの?
という方向に思ってしまうんです(;_;)

間違ってるとも、いいですよとも言われないんですけどね。
私が勝手に思ってしまうだけなんでしょうが・・・

ちと苦しいです(;´Д`)

幼児の頃の発達検査

幼児の頃は私と同室で、検査をやっている姿をずっと見ていました。
その時は積み木積みやら型ハメのおもちゃを使って検査していました。

↓○や△など、シンプルな形で検査していたのですが、息子はできるまでに時間がかかりました。練習して検査にのぞんだのですが~

コップ重ねとかも練習したのですが~

うまくできなかったです(;_;)

息子は、なんでこんな事やらせるの?
と、きっと思っていたと思う・・・。

私は、
「あああ~こんな事が検査になるのね、練習しとけばよかった」とか、
「あああ~これいつもならできるのに・・・」とか、
「これはわかっているはずなのに~」とか、
ハラハラしながら見ていました。

一生懸命やっているのは、私にはよくわかるのですが、
結果がでてないと、指数に反映しない(;_;)

それが毎回嫌だった~(´-ω-`)

判定が落ちることもある

そして、確か、4,5歳だったと思うのですが、B1判定がAになってしまいました。

が~ん(;_;)

療育手帳は等級で振り分けるもの
テストして等級を判定するもの

その等級でサービスの内容が違うので、
判定が重かろうが、軽かろうが、
受け入れなければならないものなのです。

私は重度と言われたことが、すごいショックで泣いちゃったりしたけど、息子は、

カンケ~ないさ~♡

って感じで私を見ています。
私が泣いてるから、「どうした?」って感じです。
ニコニコしてます。

そうなんだよね~判定してって申請してんのに、
その申請で首しめてんのは私なんだよね~(;´Д`)

「ママが悪かったよ」
「君は関係ないのにさ。テストなんてされちゃってさ・・・」

そして今年の結果は?

お互い、テスト&聞き取りが終わり、二人してまた別部屋に案内されました。

一緒に結果を聞きます。

息子は自分の事話されてるのに、結果の内容がわかんないから、まったく聞いてませんけどね。つ~が、息子にはAだろうが、Bだろうが必要ないものなのです。

息子の検査の時の様子とか、「こんなことができました」「こういったことはまだできなかったですね」なんてのを説明されます。

今年も一生懸命チャレンジしていたとの事でした。
「やる気だけはある」というのは毎年聞かされます^^;
やる気だけで、「その事」はできちゃおらんという話なんですけどね。
「やる気」で「できない」という言葉をオブラートに包んでくれました(^^;)

そして、私の語った息子の様子などを合わせて導き出した結果は~、

やっぱりA

Aいただきました( ;∀;)

いつか、B1にもどるかも・・・なんて夢みちゃったりするんですけど、
発達とはなかなかしないものですね。

説明では、だいたい2歳くらいの発達なんだそうです。
10年生きて2歳くらいの発達か~(´・ω・`)

しかたあるまい。それが息子だから・・・(*´ω`*)

A判定とは・・・知的障がいの度合い、指数、等級

自治体などによって判定表示が違うのかもしれませんが、我が家のところでは「A(重度)」「B1(中度)」「B2(軽度)」と、療育手帳を作ろうとすると、もれなく判定されてしまいます。

生活面とか、知的面とかに関係する事を細かく項目作って列挙されていて、それが「できる」か「できない」か、という方向で見て数値化し、A、B1、B2という風に振り分けているようです。

B1からAになった時、いったい何がいけなかったんだ~と悩みましたが、息子の場合、言葉がでないが一番のネック。運動面とかはわりとできているのですが、足して、割ると数値が落ちるみたいな感じで、どうしても指数が伸びないんです(;_;)

自分の目の前で起こっていることはわかっているようなのですが、それを表現したり、自分はこう思っているよ、というのを言葉で発信したりするのが難しいのです。

言葉というのは、それ(事)を、体系的に深い部分までわかっているからこそ発することができるもののようです。

息子の場合、ぼや~~~~~っと、なんとなく「事」をわかっているって感じで、それを受け止めて、

終わる!

終わるな~~~(;´Д`)

お前はどう思っているんじゃ~(>_<)

みたいな感じの日常です。
シンプルといえば聞こえがいいけど、
グレーの部分を表現できないから
どうしてもシンプルになってしまいます(´-ω-`)

OKか、NOか、スルー

だいたいこの3択です。

それで10年やってこれたからな~(-_-;)
普通の人たちのグレー部分を表現する言葉のやりとりは、
ホントは無駄な事なのか???(._.)

ダウン症の場合、軽度や中等度の人が多いのかもしれないです。

先日、私の体調が悪く、病院に行ったのですが、睡眠時間が短いようだからもっと睡眠をとるように的なことを先生に言われて、息子がダウン症で、寝てる間もケアをしないといけない事が多くて、まとまってなかなか睡眠とれないこともある的なことを言うと、「ダウン症でしょ、○○とか、○○も自分でできるでしょ」みたいな事を言われましたが、いやいや、それ、軽度か中等度の子たちですから~みたいな・・・

病院の先生ですら、「ダウン症の人たちは幅広いのですよ・・・」というのがわかっておられないようで~

多く表で活躍なさっているダウン症の方々は、しゃべれますし、自分の身支度もできるけど、一生懸命練習してもなかなかそうはならない子もいるんです(;_;)

てなのが、わかってもらえるといいな~(´-ω-`)

重度という障害が教えてくれた本当のコミュニケーション

息子の場合、重度だからといってコミュニケーションができないわけではないです。生活も贅沢な表現を期待しなければ、そんなに問題はないです。
コミュニケーションとしては、手話、絵カード、そしてボディランゲージですかね(^^;)

手話の場合

簡単な2択で自分の意志を伝えてほしい時によく使っています。たとえば、○○食べる?食べない?とか○○と○○どっちがいい?とか・・・どっちがいいのか本人の意志を聞きたい時に言葉が出なくても、提示したものを選んでくれるととても楽です。

↓選ぶ時、両手の指1本づつに意味を教えて、交互に動かしてどっち?って聞いてます。たとえば、1本がりんご、もうひとつの手の指がみかんと提示して、その指を交互に動かしてどっちか選んでね、という意味だよと何度もやりました。

すると、それがどっちか選べという意味なんだなとわかるようになってきて、選んでくれるようになりました。

「食べる」「行く」など、行動を示す時も手話をよく使います。

マカトンという方法もあるのですがマカトンを紹介された幼児期に息子はマカトン覚えられなくて、年齢がもう進んでしまったので、マカトンよりも多くの事柄が手の形で表わせる手話にしました。(➡マカトンは英国で開発され、世界の40ケ国で使われている言語指導法。HPはこちら

これは学校の先生と相談して決めました。
なので、学校でも同じように教えてもらっています。

ただ、先生は多くの手話を知っているけど、私はそうじゃない~(>_<)

youtubeや本で勉強中です。

youtubeでも手話の動画がたくさんアップされているので、とても勉強になります。
本では動きがないので、そこがわかりにくいです^^;

絵カードの場合

場所を伝える時は、絵カードが我が家ではわかりやすく、写真をあらかじめとって絵カードを自分で作ったりしています。

↓写真や感熱紙もラミネートできるらしい。最近は性能の良いラミネーターが続々出てる(*‘ω‘ *)

絵カードの認識が高まっているみたいで、絵カード専用のシートまで出てる(*‘ω‘ *)

 

今は絵カード売っているんですね(゜o゜)

いつの間にか、絵カード、発達障害支援業界で大人気( ゚Д゚)

言葉でのコミュニケーションが極端に少ない分を補うため、いろいろなものを組み合わせてお互いつながろうと我が家でも頑張っています。

こういったことが私に、コミュニケーションってつながろうという心の叫びなんだな~と教えてくれています。

SNSとかで簡単につながれるけど、

でも、つながるってホントはとても深いものなのだな・・・という勉強を私は今しています。

次回の判定にむけて

複雑な事、たとえば、何故そうなるか、何故だめなのか、などの説明はわかり合うのが難しいです。

出かける時も、どこと説明しづらいところは、意味わかんないまま連れられて~なんてのもあって、お互いそこが大変辛いところ。

ごめん、意味説明しづらいの・・・黙ってついてきて・・・

と、心の中で母釈明
息子
俺をどこに連れて行くんだ~

の息子

こんな感じの日常ですが、
なんとかこれで今は進めています。

今年は宿泊学習があったりしたので、「布団を敷く」に目覚めまして、
自分でやりたいらしく、重い布団を四苦八苦しながら形を整えるのを頑張っています。

自分がやりたい、やってみたい、できるようになりたい、という気持ちは人間の本能なのかな?
言わなくても、なぜかそのようになっていってる気がします。

わからないことが多いから余計、そういう気持ちが強くなるのかな?

発達指数は人が考えたものだけど、指数に縛られない姿がそこにあって、
縛られてしまう「私」にいつも「大丈夫だよ」と教えてくれています。

いろんな形のコミュニケーションを駆使すれば、
伝えるという作業はどうにかなるものみたいです。

療育手帳は私たち家族にとっては、手当や割引などでとても助かる手帳ですが、息子にとっては、定期的に自分をテストされてしまう、というものです。でもそんな事を気にすることなく、今できる事、できそうな事にチャレンジして、もくもくと頑張る・・・そういった姿にいつも勉強させられている私なのでした。

次はどんな判定になるかな~?
って、判定気にするな!私!
もくもくと私も頑張るのだ!!