ダウン症の息子の色覚検査

2019年5月31日

息子は色を塗るのが大嫌いです。

塗り絵はもっての外なんて記事を以前書いたのですが(こちら)、最近はそれをどうこうしようという気力も私にはなく、いまのとろこほっています。

特に生活に支障はないのですが、これからの生活を考えると、やはり、色はわかってほしいんだよね~(´-ω-`)

言葉も勉強中ですが、その言葉に色を交えて話をしたり、そこそこ名称をわかってないと、ますます言葉になりにくいのでは・・・と親の不安いっぱい・・・ってのもあったりします。

まずは、色ちゃんと見えてるの?から問題が沸き上がったので、色覚検査に挑みました。

色覚検査はこんな感じでした。

夏休みの眼科検診で、冬休みには色覚検査を・・・と、お願いしていたので、すぐさま取り掛かってもらえました。

冬休みまでに何度か練習もしていきました。

↓youtubeで探した石原式というのを何枚か印刷して練習しました。

息子の場合、数字が1~9までしか言えないので、29とかは「2」「9」とかに分けて言うようにしました。

夏の眼科検診では、「色覚検査はネットで調べたらいろいろ出ますので、それで練習できますよ」という事だったのですが、練習したものとは違ったものも出た~(;_;)

石原式色覚検査

表紙、こんな感じだったです。

この中の数字を答えるのですが、

↓こんなのは「1」「2」でわかりやすくて大丈夫だったのですが・・・


↓こんな風に色の境界線があいまいになると、自信もって答えることができず・・・


↓これにいたってはどう答えればいいのか・・・


になってしまって、わからなくて正解のものなのですが、「わからない」が言えなかったです(;_;)

検査員の方の、イラストを見せながら、イライラの様子が伝わります。もう少し言い回しを考えてくれたり、幼児に接するように下に~下に~と質問の言葉を選んでくれたらまだもう少し答えられたのでは・・・と思うのですが、そんな風にやさしい言葉に置き換えて答えを引き出すというのは、逆に検査にならないのか、つめたく突き放した態度に息子は萎縮していました。

「こりゃダメだ」

と、判断したのか、別室に連れていかれて、別の検査方法に切り替わりました。

パネルD15

こんな感じのアイシャドーがグラデーションで並んでる~的な物の中の任意の色を取り出し、これに似た色をチョイスしてもらうという検査でした。

似た色をどんどんチョイスしてもらってグラデーションにもっていくもくろみだったと思うのです。

が~

息子にそれはできない・・・

「似た色」という言葉がわかんないんです。

それが、色がわからないのか、「似た色」という言葉がわからないのかが、こちらもわからない~

という始末(;_;)

「似た色」という言葉を「一緒」という言葉にしてもらったらどうかと思って、こちらも口を挟ませてもらったのですが、検査員の方はかたくなに「似た色」という言葉を使っていて・・・

息子はその検査員の方が何を望んでいるのか、どう答えればいいのか、すごく困惑していて、泣きそうな顔になっていました。

色覚検査の結果

そんな検査方法から、「検査不可能」という結果をいただいてしまい、

眼科の先生からは「わからない」

と言われました。

が~~~~ん(;_;)

なんかちょっと傷つく結果だな~(-_-;)
「異常あり」でも傷ついたとは思うのですが、「わからん」というのはなんか別の意味で傷ついた~って感じです。

でも、一番傷ついたのは、検査してもらった本人で、

なに?
なに?
これは何を答えればいいの?
これはなんのために言わされているの?

息子はずっとわけがわからないテストに一生懸命耐えて頑張っていました。

検査員の方の平坦な物言いにも、頑張っていました。

検査員の方の心の中の

「こんなのもわかんないの?」
「あ~この子めんどくさい」
「この子に検査をするの大変」

という言葉が息子の心に聞こえているからです。

多分・・・

だって、私にも聞こえたもん(´-ω-`)

知的障がいをもつ子どもの検査は大変

知的障がいをもつ子どもが、どんな障がいをもっているか、調べるのに、結局「知」が必要なんですよね。

耳鼻科では、音が聞こえてるかどうか、ボタンを押してお知らせする検査方法ですが、その手順がわかっていないと、検査にならないわけです。

眼科もランドルト環での検査で、何を言えばいいのかわかっていないと検査にならないわけです。

その検査をするために何年も練習しました。

色覚も年単位の練習必要かな・・・(._.)

身体の機能からの検査ってできないのかな・・・。
もう少し簡単な検査方法が見つかるといいなぁと思っていますが・・・。

視力や聴力がわかるのに年単位で待たなきゃならないので、その辺がちと大変。

視力、聴力の具合もわからないままの教育もちと大変。

それが、知的障がいの別の側面の障がいです。

地道作業が苦手な母ですが、苦手だからこそ、地道作業が必要な息子がやってきてくれたのかも・・・。

とりあえず、色や数字を確実に言えるところから始めねば・・・

今やっている色や数の勉強

色の勉強

学校では、色は本や図工で教えているようです。

こんな感じの赤ちゃんに見せるような絵本が息子の教科書替わりです。

図工という授業になると、何色?ということを覚えるという方向ではなく、色を使って表現するという方向になちゃうんで、色自体を教えるという形にはなかなかなりません。時間もないでしょうしね~(´・ω・`)

なので、家で、絵本を使って教えるという形になっちゃうのですが、これがまた家でやるとやらないんですよね~(;´Д`)

でも、地道にこちらからアクションを起こし、色を認識して言葉で言えるようにもっていくしかない(`・ω・´)

信号機やカラーボールを見せて、「あれは何色?」と聞いたり、ペンやクレヨンで「どの色がいい?」と選ばせたり、姑息な手段使って色への関心を持ってもらおうとするのですが、「姑息」に感じるのは、息子が「何色でもええわ~」と思っているのがわかっているからで・・・

色の世界って人生の彩りであって、本筋でないみたいな扱いのような気がするので、教えている私の気持ちも卑屈的になっているのかな・・・いやいや、色は大事!息子の人生を色とりどりに!この気持ちを奮い立たせねば~

数の勉強

数の勉強の進捗状態は、1~30まではなんとなく口で言えるのですが、数を読んで言えるのではなく、言葉で数え歌のように言えているって感じです。

学校では、これも絵本が教科書替わり。

量的にわかっているのは1~5くらい?
頑張って1~10くらいかな~(;´Д`)

先日、だるまがたくさんいるお寺に行って、だるまを数えてました。


たくさんあると、数える・・・という状況を自分から作れるようにはなってきているみたいです。

数について家やるのは、やっぱりお風呂で数を数えて湯船に浸かるが主でしょうか・・・。何年もやってやっと30です。目標はせめて60なのですが、1~10が基本で、後は「じゅう」という言葉がついているのに気づいていません。その気づきが少ないのが知的障がいというものなんだな~とも思います。

気づかせようと、「語尾にじゅうをつければいいんだよ」と言っても、わかってもらえません。ここに「あ、そうだったのか・・・」という理解の神様が降りてくるのはいつの日の事か・・・。

ある日ふっとその神様が降りてくると、きっと100まで言えるようになると思うのですが・・・。

理解の神様

地道に勉強している息子ですが、新しい事を教えようとすると、最初ちんぷんかんぷんな様子で、なんでこんなことしなくちゃならないんだ!と時に反発したりすることもあって・・・それでも地道に頑張っていると、ある日ふっと理解の神様が降りてきます。

こちらが一生懸命教えても、理解という光が降りてこないと息子の中にその教えた事は広がらない、という現象を何度も見ました。

理解って不思議。

その理解がないと、身体能力がわからない~という事態に今とっても不都合を感じていますが、息子が地道に頑張っているのだから、私も地道に頑張るしかない。

その頑張って集めた「知」の集結が、息子の身体をどんどんよくしていくことを期待しています。