支援学校の卒業式

 

先日息子が卒業式を終えました。

入学してから、あっという間だったような気がします。

きっと息子もあっという間・・・

というより、

卒業の意味がわかっちゃおらんだろうなぁ~(^_^;)

自分の年齢もわかっていない息子。
「いくつですか?」に答えられずに小学校卒業を迎えてしまった・・・。

入学式の時には名前呼ばれて返事できなかったけど、
卒業式では返事できるようになっていました。
そこは成長かな。


普通の子の成長の2倍とか3倍とかの間延びじゃない~(>_<)
ってのが、小学校生活でよくわかりました。

ゆっくり育つって意味も・・・

軽度とか、重度とかの度合いによって
ゆっくり、
ゆ~~~っくり、
ゆ~~~~~っくりって感じの育ちです。

うちはゆ~~~~っくり派だったです(;´∀`)

できる=理解できているからできる。
うちの息子は理解できる事が少し少ないので
ゆ~~~~っくり派なんだと思います。

理解が難しそうなのはおいといて、
これはできるやろ的な事を、厳選して教えると、
時間はかかるけど、できるようになったりします。

できるようになっていると、私も息子もめちゃめちゃうれしいです。
苦労報われた感が普通の人より何倍も味わえる。
それがダウン症育児の面白いところかな・・・我が家の場合ですが・・・。

できるようになるのに、かなり時間がかかったり、
特に幼児の頃はたくさん時間がかかって
イライラしたりもしてたんですけど、

小学校低学年より高学年・・・と、
教える➡できるようになる、の時間が少し短くなった気がします。

そんな感じをもっているのは私だけではなく、学校の先生たちもそうだったようで、卒業式終了後、教室に集まって先生が挨拶してくれたのですが、担任の先生全員が泣いていました。

息子のクラスの子は重度的な子が多くて、ちょっと苦労したんだそうです。そしていっぱい悩んでくれたんだそう。

卒業式の練習も、一生懸命教えてくれたんだろうなぁと式を見てすごく感じました。

卒業証書をもらう時は、ここから出て行って、前に行ってもらったら礼するんだよ~とか、
その後、みんなで立つ時があるから、「起立」って言われたら立つんだよ~とか、
みんなが歌を歌ってくれる時は立つんだよ~とか、
自分たちが歌う時もあるから、その時も立ってね~とか、
あとはじっと座っておいてね・・・

など、

もろもろの式進行を覚えさせてくれていました。

うちの息子の場合、動きがある時はいいのですが、
じっと座っているのが苦手で、
練習の時、先生によく注意されていたらしい・・・。

座っているのが大変ってのは障がい児のあるあるで、息子だけじゃなくみんないっぱい頑張っていたのが、式中よくわかりました。

他にも、支援学校の卒業式ならではの式進行かなと思われる、送辞や答辞が歌になっていて、送辞の時は在校生の子達がカラオケじゃない歌付曲に合わせて歌を披露してくれました。

普通の学校ならば、送辞とか答辞とかってモノローグ的言葉をみんなで一緒に言って、歌盛り込まれるって感じだと思うのですが、支援学校の子達はしゃべるということが難しい子も多いです。

言葉が明瞭じゃなかったりするので、歌付きの曲じゃないと、なんの歌かもわからない事態に・・・てことをちゃんと考えられた送辞でした。

答辞となる息子達のクラスでは、そこそこ上手にしゃべれる子は二人しかいないので、先生たちはそこも苦肉の策だったのか、歌を流して歌詞の内容を手話にしてそれを子ども達に教えてくれていました。

親でも手話覚えるの大変なのに、よく教えてくれていて、式中、先生と一緒にみんな頑張って歌に合わせて手話をやっていました。

とってもいい答辞になってて、親感涙でした(;O;)

 

じっとしていること、みんなの前で証書を受け取ること、歌に合わせて手話をすること、先生たちが一生懸命教えてくれたから、りっぱな式を終えることができたので、親もすごくうれしかったです。

一年間のあんな事、こんな事の苦労乗り越え、無事卒業式も無事に終えたという事で、先生たちも泣いてくださったのかな・・・
そこにも親としてすごく感謝と感動をもらいました。

息子の卒業式は、6年間のとてもいい締めくくりとなりました。

 

ただ、

当の本人達は、卒業証書もらったけど、きっと

これ何?(´・ω・)

って感じかな~っと(^^;)

卒業の意味を教えきれてないのが悔やまれるところ・・・。

卒業式が親や先生のためのものになってしまっていました~(;´∀`)

中学卒業くらいには、卒業の意味がもう少しわかっているといいな。

そうして大人になって自分の力を発揮できるのが楽しい・・・
という未来がやってくるといいなぁ~

なんて親は思っているんですけどね。