ジム退会~育児、家事、仕事の中、自分のための時間の確保は難しかった

ブログをコツコツ移動しています。
これは息子が2歳、娘が3歳の頃の私の話。

本日ジムの退会手続きをした。

あああああ~ダイエットが遠のく。

が、息子の入院、旦那のぎっくり腰、出費がかさんだのでいたしかたあるまい。
10月末の退会なので、せいぜい10月まで楽しもう。

私はエアロビクスが大好きなんだけど、しょうがない。
これもビンボーが悪いんだ~(;´Д`)

落胆する私に旦那が、「もっといいとこ探して、今度は二人で行こう」と、心にもない事を言っていた、、仕方ない、騙されてやるか

貧乏人は貧乏人らしく、お金がかからないダイエット法をこれから模索していくぞ。
(`・ω・´)

と、心に誓うのであった。

(wrote:2009-09-13 21:51:27)

息子は2歳で保育園に入りました。

働きだして、身体がついていってないことを実感したので、時間がある時にジムにでも通って体力つけよう・・・この2年連続妊婦でついた肉が体力奪ってる(/ω\)

とか思ったんですが、そんな時間はなかった。
ダウン症児の保育園通いは思いのほか大変だったです。

うちの息子だけかもしれませんが、とにかく病気が多かった。
そしてその病気を自分で撃退できない~(>_<)

保育園行って、体調悪くなったり、急な発熱などで電話で呼ばれる・・・というのがしょっちゅうでした。

朝元気だったのになぜ?(;_;)

というのがホントに多く、今思えば、やっぱ普通の子よりも身体が弱い、筋肉も弱い、呼吸器も弱い、弱いづくめだったので、集団でいると他の子は大丈夫だけど、息子だけなんだかわからない菌やウィルスにやられてた・・・んではないかと思っています。

そんなことになるかもとは一応予想して、在宅という仕事を選んだんですけど、それでも作業時間がどんどん減っていく、身体はついていかない、送迎も大変だったです。

独身の時は、自分の体調管理にジムを利用していて、

それは自分だけの生活をみればよかったからできた事であって、子どもや旦那がいる身となってはそれって難しいんだなぁと学びました。

子どもができるまでの職場は、年配の人と仕事する機会が多かったのですが、私がジムによく行くというと「うらやましいわ」と言われた意味がここでやっとわかりました。

その時、「なんで行けないんだろう」「そんなに家族に束縛されているのかな?」とか思ったのですが、束縛とかじゃなく、それが家庭人としての仕事とか、責任って感じなので、行かなかったんだな、と、わかりました。

そして、ジム退会の要因のひとつは金銭的なもの。

保育料の高いこと、高いこと・・・

両親働いても、働いた分、保育料や、働くことでできる経費で飛んでいく~。働いている意味あるのか?とかもよく考えていました。

保育料のために働いているなら、保育園やめた方がいいのか?とかも思ったのですが、保育園の園長先生の「今やめちゃだめ」、「頑張りなさい」と、励まされ、

保育園通い親子で頑張った~(;´Д`)

我が家の近所は、市立幼稚園の倍率が高く、私立の幼稚園行けるのかなこの子?というのと、知的障害児のための幼稚園もあったのですが、結局保育園が通ったので、保育園に行きました。

結果的には、息子には保育園がよかったように思います。

その事を保育園の園長先生は見抜いてて、息子のために、「今やめちゃだめ」と言ってくださったんだと思います。

保育園に入る前に、障がい児施設の1歳児のクラスにしばらく通っていたのですが、まったりゆっくりしたテンポの先生の歌やお話に、息子はまったく反応せず、自分がやりたい事やって、輪に全然入ってなかったです(;´Д`)

ここは違うな~と思ったので、保育園に入れてみようと申し込んだら入ったので、働く道を選びました。神様よく見てるな~ここが運命の分かれ道だったんだな~と、今しみじみ思います。

金銭的にも時間的にも大変な子ども達の幼児時代。
でも保育園の方が、息子にとって療育的に役にたったのでいいんですけどね。

小学校は支援学校を選んだのですが、学校ではけっこう優等生の方で、
私と一緒に知的障がい児が通う施設に通っていたら、きっと息子はここまで伸びてなかったと思います。

障がい児こそ保育園の方がいいかも・・・?

インクルーシブ教育とか言うけど、小学生になると、障がい児と健常児の差の拡大がおおきすぎて、教育者は対応できないです。

我が家は年子の健常児(姉)と障がい児(弟)だけど、私たったふたり面倒みていても、差が広すぎて二人に寄り添えなくて申し訳なく思うこと多いですもん。

ある程度同じことがみんなできるという前提があるから一緒に学べるんであって、差がありすぎると、どっちにも学びにならない気がします。

となると、インクルーシブ、「包括的な」「包み込む」という時代は幼児時代がいいのでは・・・

2歳から入った息子は最初、他の子もそれなりに小さいので、どこに息子がいるかわかんないくらい交じっていました。

しかし、身体や心に刻める学びの量が断然違うんで、差がどうしてもでてきます。その差がはっきりわかるのが我が家では4,5歳だったです。

息子にとって、健常の子達と一緒にいた時期がとても重要でその後の生活を豊にできる力になったようでしたが、健常の子にとってもいろんな子と一緒に生活するという大変さと、大切さを感じてくれたようでした。これは保育園の先生方がそうしむけてくれたんですけどね(^^;)

なので、保育園でのお友達関係は、息子にとってそう悪いものではなかったです。友達も多くいました。息子が自分たちと同じにできないといらだってしまうお友達も中にはいたのですが、それも「そういう子も世の中にはいる」という学びとして、だったらどうしたらみんなで活動できるか?というのをみんなで考えてくれる保育園だったです。

私が働いている間、多くの学びを子どもに与えてくれて、そして私自身も学んだ保育園時代でした。

インクルーシブ教育で得られる事は大きいですけど、得るためにはいろんな条件が重ならないと難しいような気がします。同じ場にたてるように私たち障がい児の親も考え、一緒にやろうと社会も思わないとその教育にはならない気がします。今やってるインクルーシブ教育ちょっと道違うんじゃ~?

私のトンチンカンなジム通いで、すぐに退会に追い込まれてしまったけど、独身じゃないんだという心構えと、育児の大変さを教えてくれた退会だったな~と今振り返って思います。

ですが~

今、その時とは別の意味で、体力、筋力が奪われ、死期の到来すら感じる自分がいて、

もう少し、子ども達にいろいろ教えて「死」を迎えたいので、悪あがきのようにまたしてもジムに入会し、体力づくりに励んでるところです。

懲りてないな~私(;´∀`)

あの頃、旦那は、

私が育児、家事、仕事に追われて大変だけど、今はしょうがないよ、将来できるようになるさっていう意味で、一緒にそのうち通おうって言ってくれたけど、

私は懲りずにジム入会、旦那は釣りという趣味を持てるまでになった。

ダウン症児の幼児期、大変だったけど、でもずっとそうじゃないですよ(´ー`)