ダウン症児とHSP娘との暮らしのブログ

HSPだと思われる娘とダウン症児の息子と暮らしています。多くの気づきを得られる刺激的な毎日なので、忘れちゃもったいないな・・・と思って綴っているのですが、年々綴るのが遅くなっています。子どもらが育つということは親が年を取るということ。指が動かん・・・。

日記

小学校からずっと、学校を早退して病院に行くという事を度々しています。

我が家のダウン症児、身体の調子が低空飛行です。はたから見ると、健康そうに見えると思うのですが、幼児期から小学生くらいまで、発熱頻繁でした。

ウイルスや細菌に弱いのだと思うのですが、溶連菌やなんだかわからない病気が多く、その病気の後に鼻水が出るので、耳鼻科通いになってしまいます。

鼻をかむのが難しく、しょっちゅう中耳炎になってしまって、今は慢性化して何年も耳鼻科通い。ちょっと大きめ病院の中の耳鼻科に通っているので、外来診察時間が短いです。

なので、学校早退して病院へ行くということになってしまうのです



先日は、通院のため、学校へ午後いちで迎えに行くと先生に連絡していました。

それなのに、午前中、急に市役所から呼び出しがかかって、役所の件が片付いた~と、ほっと一息ついたら、迎えに行くのを忘れてしまって、家に先生から「今日通院だったのでは?」と電話がかかってきました。

そうでした~。すっかり忘れてた~。


ころっと忘れていた自分が怖い。もともとそう緻密な性格じゃなかったけど、年々、ぽんっと抜けたりすることが多くなってきました。

息子と一緒に歩く時も、私より息子が早く歩けたりして、

待って~。ゆっくり行こうよ~。

と、私が言わなくてはならなくなってきました。

息子の成長は喜ばしいけど、私の成長は喜べん!私の成長は老化だも~ん。

障がい児を育てる上で、一番必要なのは、体力と記憶力?

障がい児を育てている先輩たちが、福祉施設まで、お迎えに行ってたりするのを見かけたりするのですが、その先輩方は、身体が曲がっていたり、杖をついていたり・・・。障がいを持っている息子や娘はピンピンしてるのですが、子ども達は、まっすぐ歩くのが難しかったり、車や人などにぶつからないように気をつけないといけない子達なので、手つなぎ大事。ちょっと歩くだけでも気を抜けない~。

自分の身体がしゃんとしてないと、手つなぎしても共倒れになっちゃう

私、その方向に向かってる~?
確実にその日は近づいていると感じます。
いつまで頑張れるのかな~と思いつつ、「ダウン症治る」もちょっと期待している私です。


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今年はこういった家への被害が多い我が家です。先日の壁壊される事件に続き、次は台風か~
↓壁が壊される事件のお話はこちら↓


でも、こうやって状況が書けるということは、無事にみな元気でいるってことだし、今後こういった台風の進路の場合は、もっと自分たちで気を付けられるように、その出来事を書いておこうと思います。

台風接近前日

強烈な台風と思われる、台風21号接近中ということで、3日午前中には、息子の学校は休校をもう決めたらしく、11時半に「警報にかかわらず休校」とのメール連絡が回ってきました。

娘の学校も午後になって、休校のお知らせを電話連絡網で回すことになりました。

息子の学校はメール連絡とか近代的なのですが、娘の学校は公立中学校だからか、メール連絡がない!電話連絡網のプリントを持っていて、電話で回ってきた連絡内容を次の人に電話で回すという方法を取っています。

この方法、すごく大変でした。
次の人、なかなか電話に出てもらえない~。いつ電話してもいない・・・。どうしようって思ったところ、やっと中学生本人が出てくれて、内容を伝えることができました。

早く公立中学校にもメールを・・・と、心から思いました。



前日はピーカン晴れで、台風くるの?と、少し高をくくっていたのですが、のちに、学校や市の判断は正しいと心から思いました。

今回の台風は昼間に来るからか、学校は市内一斉休校だったようです。旦那の職場もお休みになりました。昼間の災害状態で人を抱えとくと、帰宅困難者が多く出ると予想したのでしょうか・・・。

台風当日の朝は晴れていた

台風21号は非常に強い勢力という話だったのですが、まだ午前中にはそんな感じはまったく感じられず、少し涼しいなぁ程度に思っていました。

↓天気図はこんな感じ。


午前中、早くにスーパーに行くと、学校が休みだからか、子ども連れのお父さん、お母さんが買い物していたり、お年寄りの人も多かったです。今後、家に缶詰状態となるのを見越しての買い物?私もそうだけど

ポテチがめっちゃ品薄になってました。台風のお供はポテチなんでしょうか・・・?

台風の前触れから本降りの風雨まではあっという間

そうこうして地面が濡れるほどの雨がふってきたなぁと思ったのがお昼頃。急に雨がバタバタと降りだし、その後すごい風が吹いてきました。

↓天気図ではこんな感じ。濃ゆい台風の渦はヤバイとわかりました。

玄関には雨除けの屋根があるのですが、雨除けの屋根役に立たず、玄関のドア開けたとたん、びちょ濡れになるほどの雨が降りこんできます。

なんか今までの台風と違う!

この状態が過ぎると、風が窓や家の壁にあたって、ゴンゴン、ゴウゴウ、ブォウブォウ、ビュンビュンなどの音がしだしました。

窓にはシャッターをしていたのですが、1カ所だけ外の様子がうかかえるようにとそのままにしていたところは、窓から風が入ってきていました。

ぎゃあああああ~窓が風圧で押されてる~
窓が曲がって風入ってくる~

うちの窓、普通のやつです。そんなに古くもありません。それをゆがめる風圧!

・2011年に最大瞬間風速55.3メートルを観測した台風2号は、人が立つことさえ難しい風。
・1993年に、最大瞬間風速59.1メートルを観測した台風13号は、シャッターが吹き飛ぶほどの猛烈な風。
・最大瞬間風速は60メートルで、これは住宅が倒壊する恐れがあるほどの暴風。
・風速40メートルでは重さ430キロもあるパネルハウスが簡単に流される。
(めざましテレビよりの情報)

今回の台風21号では、関西国際空港で、最大瞬間風速が観測史上最大の58.1メートル、大阪市内で47.5メートル、京都市では、39.4メートルだったそう。

我が家では、「窓が~(>_<)」の他、家に引き込んでいる電線が下から吹き上げる強風のせいで、グイングイン揺れていて、本気で「切れる!!!」と、思いました。

台風21号は、
中心気圧:965ヘクトパスカル
中心付近の最大風速:35メートル
最大瞬間風速:50メートル

でした。

「どのくらいの風速がどんな威力なのか」ってことを体験した~って感じ。

台風の被害~停電

そんな強風は、他ではもっと被害を出していて、我が家では電気を送ってくれている電線が切れたことによる停電という被害をこうむりました。

急に停電になり、その時は風雨が強くて外に出られなかったけど、夕方近くになると雨風止んできました。でも停電のまま。

どうしたらいいかわかんないし、今、どんな状況?停電いつ終わりそう?うちの近所だけ?なんてのを知りたかったのですが、情報って電気で送られてきてるんだなぁって思い知りました。

テレビで情報収集も無理なんで、Twitterで停電情報を仕入れてた。スマホあってよかった~。情報流してくれる人いてありがたいと、心から思いました。

ただ、スマホのバッテリー切れはめちゃ気になった。Twitterの情報更新気になって、検索いっぱいしたい気持ちを抑えるの大変でした。不安って強敵。

一番被災者に役に立たないのがテレビなんだなぁ~、ということも知りました。

同じ停電の憂き目にあっている人のつぶやきや、復旧したよ~の情報、どこどこはこんな被害が起こっているという情報。めちゃ助かった、心もあったかくなりました。

電力会社のHPにも停電情報がなくて、電力会社がそもそも停電に気づいていないのでは?と不安になったり、他のところで忙しいからうちとこ最後か?という気持ちになったり、すぐ近所は復旧しているのに、なぜうちの近辺には電気が来ない!とイラついたり・・・

こういった状況では、不安をいくらでも作り出せるんだなぁと感じました。

情報は希望って学んだ

我が家は停電だけだったのですが、停電になるとマンションなどは断水になるらしくて、そういった情報も飛び交っていました。

他、固定電話が停電だと使えなくて、LINEで遠方の家族に状況を伝えることができました。

生活のアップデート必要だなぁ~としみじみ感じました。
自分が高齢になっても、世の中の進歩にはついていかないといけない・・・と思いました。

台風時は女より男の方がテンション上がる?

緊急時にウキウキするのか、停電中に、電線が切れている事を発見したのは旦那で、ちょっと雨風おまったら、すぐに外に出て様子を伺いに行ってました。そこで電線切れを発見したらしい。
ちょこっと家を出てはいろんな被害を発見してきて、うずうずしてきたのか、

停電でご飯作れないから、外に食べに行こう!

と言いだし、家族をうまく言いくるめて、停電中のご近所徘徊作戦を敢行。

こんな日こそ家でゆっくり~とは思わないのかな?

と、私は正反対のことを考えていました。

が、娘も息子も

行く~

ひゃっほ~

って感じ。

え?私だけ行きたくない?
とは言えなくて行くことに・・・。

家を出てみると、こんな人、うちの旦那だけ?なんて思っていましたが、自転車に乗って徘徊している男性を多く見かけました。写真撮ってる人も多かった。だいたい男性だったです。きっと旦那みたいなタイプだな・・・と感じました。

男性には、こういった緊急時に血が湧くんですかね~?
じっとしてられない?

「あ、電線切れ発見」
「ここは停電じゃない」
「うちの区画だけが停電?」
「建物の壁のパネルが落ちて割れているじゃん」

なんて、よその地区の被害を勝手に見回りつつ、食事できるところを探していると、運よく開いているお店を見つけて、「出来ないメニューもありますが・・・」という事だったけど、家にいてもろくなもの食べられないので、「いいです、いいです♡」と入り込み、なんとか食事と旦那は生ビール2杯飲んでご機嫌で帰りました。

旦那の緊急時にテンション上がる生態につられて外に出てみると、いろんな発見がありました。男女が夫婦になるという事は、こういう事なのかな・・・とも思いました。

結局、停電が終わったのは夜中でした。
旦那が

電気ついたよ~

と、起こしてくれたけど、眠かったので、そのまま寝てしまっていたら、エアコンつけたり、家族に布団駆け回ってくれたりしたみたいです。

いつも、1缶のチューハイでさえ「とって~」という旦那なのですが、緊急時に使える奴でよかったです

台風の翌日

台風の翌日、我が家では電気復旧していました。近所の切れて垂れ下がった電線直してくれてた。

でも、一駅歩いたところでは、復旧はまだでした。

スーパーに行くと、肉、魚のコーナーにはまったく何も置いていませんでした。
冷凍食品はちょっとだけありました。
冷凍より冷蔵食品の方がなかった。
パックジュースもなかった。

お客さんの
何を買えば?

という困った顔があちこちに展開されていました。

私もその一人だけどさ・・・。

冷蔵庫の中身の整理も大変でした。停電になってから、扉を開けたら冷気が逃げる!と開けないようにしていたのですが、一度電源落ちているので、処分するものは処分しました。幸い、停電時間が短かったから、あんまり処理しなくてよかったです。

台風で学んだこと

子どもらの小中学校は停電が終わっていたのであったけど、停電中の学校は休みだったみたいです。

学校の先生も自分の家が大変な状態かもしれないのに、一生懸命通常通りにしてくれて、給食もメニュー減らしたりはあったけど、ちゃんと出してくれて助かった~

停電ひとつあっても、生活が成り立たないということをこの災害で学びました。

停電の可能性がある災害時は、
・前もって携帯を充電しておく。
・情報はSNS。連絡はLINE。
・テレビ、固定電話は停電時は使えない。
・停電になると、断水の可能性もあるので、風呂に水をためておく。
・停電になったら冷蔵庫は開けない。
(我が家では開けなかったら、保冷力、結構長く保ってくれました。)
・懐中電灯は、各自1個持っていると、トイレに行く時に助かる。闇の中でも個人の行動範囲が広くなる。
・ろうそくよりは懐中電灯。ろうそくで火事になってしまった家も出たようなので・・・

なんてことを学びました。
災害時は男の方が女より使える?
ということも考えさせられたなぁ・・・。

男性の災害時、テンションアゲアゲ状態なぜ?と調べてみたらこんな記事(↓)が
統計で、自然災害時は女性の方が男性よりも犠牲になる確率が14倍高いそうです。
「女性は家を守ろうとして、家にとどまってしまうからでは・・・」と推測されているよう。防災訓練も、男性の方が女性よりも参加人数が多い・・・とか。(記事こちら


男性は災害時、生存本能が刺激されてテンション上がるそうなのですが、女性には自己犠牲のDNAが多く含まれているのかもしれません。私は災害時はとりあえずじっとしていよう、と真っ先に考えてしまいました。

その中に、「誰かに助けてもらおう」という気持ちが潜んでいるのかもしれません。

でも、少し力を出して、自分の枠を飛び出してみたら、新しい発見があることに気づきました。自分を守るってそうやって枠を超えて新しい発見をすることかも・・・

この災害まだまだ序の口で、これからもっと大きなものがひかえているのかも・・・へんな地震多いです。

自分の身を守るのは、自分なんだなぁ~というのが一番学んだことでした。

災害時に、我が家で一番の被害をこうむりやすいのはダウン症の息子。学校でも避難訓練はあるのですが、ちゃんと避難できるかなぁ。今回の台風も、停電もわかってなかった。

何故真暗なの?と電気のスイッチを家中入れ回ってましたが、それでも部屋は明るくならない・・・という事実に「?」顔をしていました。

障がい児家庭の我が家の災害対策、いろいろ考えることがいっぱいです。

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我が家の裏の家の人が、リフォームの際、
我が家の塀を壊していました。
↓塀の上に有刺鉄線を張っていたのですが、取れてる・・・
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有刺鉄線を張っている棒が塀に埋められていたのですが、棒が取れて、塀に穴があいていました。
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その事を、リフォームしている人に言ったら、
「それは台風で壊れていた、うちは関係ない」と言われ、

え?台風なんていつの話?しかも台風の後、何もなかったよ?


壊れた塀の前には、我が家の燃えないゴミを入れるゴミ箱があるのです。そこにゴミ入れるので何度もその箱を見ている私が、塀が壊れてるのに気づかないわけがない

そして、我が家の方には、崩した後のセメントのかけらはなかったけど、工事している側にはセメントのかけらがいっぱい落ちていました



そういった状況だったのですが、そんな人には、「やった」「やってない」の押し問答になってしまったのでらちがあかず、仕方がないので市役所に相談に行ってみました。

が、市役所は、そういった事には介入できないそうです。
一方の話のみ聞いての判断はできないと言われました。

代わりに弁護士さんが聞いてくれる場があるそうなので、その時間を予約して、弁護士さんに相談してみたのですが・・・

結局ここも「仲良くしないとね~」みたいな感じでした。

弁護士さんの言うことにゃ、私が「台風の後に塀が壊れていないのを見た」という状態を証明できないので、その時点でなんともしにくいのだそうです。

この問題をどうにかしようと思ったら、裁判所に申し立てをしなければならないのだとか・・・。

「そこまでおおごとにするか、仲良くするか、どっち?」

という選択になってしまい、結局泣き寝入りを選びました。

塀も自分で修理したさ~

塀修理、その前に、情報収集

急だったし、お盆前で、帰省もせまっていたので、今回は自分でやろうと思ったのですが、塀の修理なんてやったことないし・・・

と、まずは情報収集からやりました。

すると、そもそも、その塀はなんでできているか?という問題が最初みたいで、塀の材質で、使う材質も違うようでした。

単にコンクリート詰めればいいんじゃないんだ~( ゚Д゚)
と、学んだ瞬間。

コンクリート、モルタル、セメントの違い

この3つの材料の違いに、かなり頭がこんがらがりました
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私はこのように理解しましたが・・・あってる?

そして、強度が
セメント➡モルタル➡コンクリート
という具合だと、私は理解したのですが・・・ここも合っているのかな?

とにかくホームセンターに行ったら、セメント、コンクリート、モルタルはおろか、インスタントコンクリート、インスタントモルコン・・・と、途方もない材料がそろっていて、

どれを選べばいいの~

状態でした

インスタントセメント、インスタントコンクリートの意味

メーカーさんが作ったのか「インスタント」という言葉の意味もよくわからなかったです。






材料が入っいて、もう水を入れるだけになっています、という事で使われているのだと思うのですが、使い方は簡単かもしれないが、選ぶのがどれ選んでいいかわからん。

壁の補修にはどれを選べばいいんや!


ホームセンターの棚の前で立ちすくんでしまいました。

速乾シリーズ

30分速乾、60分速乾という言葉にも惑わされていました。





早く固まるメリットは?デメリットは?
手元がゆっくりな人は早く固まってしまうと、使えなくなるから、速乾は難しいのかな?
などと考えてしまって、迷いは深まるばかり。

我が家の塀修理に使ったものは・・・

そんな感じで、ホームセンターに何度足を運んでも、どれを選べばいいのか、と迷ってしまって、結局家に帰ってきてしまう日が続いたので、旦那と行って選んでもらうことに・・・

外壁・ブロック修理材

といっても、旦那も塀の修理なんてしたことがないのですが、旦那なりに調べたら


というのを見つけてくれて、

なるほど、コンクリートとか、モルタルとか、材料にこだわらず、塀の修理に使えます・・・と謳っているものを選べばいいんだ


と、光を見出したのですが、たまたま、うちの近所のホームセンターにはなかった~

せっかく、これだ~と思ったのに~

パテ

次に、パテという材料に着目しだした旦那。

3人そろえば文殊の知恵は当たってる・・・一人より二人の方がいろんな方向から考えられるんだなぁ・・・と、家族のありがたさを実感しました。私ひとりじゃ迷うばかりだった・・・

コンクリートとか、セメントとか、穴に埋める時、デロデロ落ちるんじゃないか?

というのが旦那の見解で、パテという材料が浮上しました。





「あらゆるセメント類の補修に使用できます」
の、キャッチフレーズに心ひかれました。

というのも、我が家の塀に、どれを使っていいか、というところでそもそも迷っていたからです。

使い方は、水を入れて混ぜるだけでした。

デロデローと、穴に埋める際、流れ落ちることもなく、そこそこの形を維持できて穴の中につっこめるようなものでした。
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硬化時間も素人の私がやってても、固まっていくことはなかったです。
完全硬化は夏場24時間、冬場48時間だそうですが、1時間もすればそこそこ固まったような感じでした。

この事件から学んだことは

いろんな方向から、考えすぎて、疲れた
でも、壊したと思われる人(私が思っている人)何食わぬ顔で、まだまだ我が家の塀の向こうでリフォームやっています。

自分の家を自分の手でリフォームしているおじいさんみたいで、我が家の塀だけでなく、夜勤で昼間寝ている旦那の睡眠時間も壊しています。

いろんなものを壊しているのに、気づいていない

昔はもちつもたれつで、大音量が出ようとも、ちょっとくらい人の家を傷しても、気にしない関係だったのかもしれませんが、今はそうじゃない。

この世界には、多様な生活スタイルがあって、家は自分のものかもしれないけど、その家周辺の空間は共有しとんねん!!・・・ちょっとは周り気にしてよ!

と、私は思ったんだけど、結局、

その理屈は世界共通じゃないんやな・・・。いろんな人おるなぁ。

ってことなのかな。

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2018年6月18日の大阪北部地震。

私にとっては、人生初の大きめ地震でした。

地震ってこんなに揺れるんだ?

と、感じた瞬間。

日本の1/4か1/3は揺れていたんだ

娘の学校では

娘はちょうど吹奏楽部の朝練に参加していました。そこで地震の揺れを体感し、先生にすぐにしゃがむ事と、譜面台を横に倒すことを指示されたみたいです。泣いている子もいたそうです。

娘は取り乱したりはしなかったみたいですが、初の地震体験だったので、揺れたからといって、その事が自分にどう作用するのかわかってなかったんだと思います

地震の後、帰宅させられるのかと思ったのですが、娘の中学校は、その日の授業は普通にあり、普通に帰宅してきました。ノー部活デーだったので、みんな普通に帰宅したようでした。

娘の学校は中学校だからか、地震があったからといって、学校がどのような状況にあるか、情報発信がまるでないです。

息子の支援学校は、インフルが流行れば、インフル流行しています、はしかが流行ればはしかが流行しています、送迎バスが遅れればバス到着が遅れます、などのメールがやってきます。

うざいと思う人もいるのかもしれませんが、私としては、このような対応の方が安心します。

中学校なので、そこまでの対応は望んでないけど、緊急時の保護者への情報発信は考えてほしいと思います。



我が家にいた、私と息子は

カタカタカタと家具が揺れた後、自分自身もゆっさ、ゆっさと横に揺れる地震を体感しました。

そして、テレビがぶちっと切れ、その後、音がなくなる感じに静かになりました。

それから数分後?数秒後?またテレビの電源が入ったようで、テレビから音が鳴りだし、その後またぶちっと切れました。

で、携帯がブーブー鳴って緊急地震速報と、携帯からのお知らせが来ました。

私の人生の中で、一番大きな地震でしたが、いろんなところの地震を見ていたからか、揺れが終わると、すっと貴重品、防災リュックを背負う自分がいて、すぐに息子をつれて外に出ました。

外に出ると、ご近所の方も外に出ていて、テレビからの情報が地震の際は得られないことにブーブー文句を言い合い、市のアナウンスがその後行われていたようなのですが、内容はぜんぜん聞こえないことに腹を立て、そんな時を何分か過ごした後、テレビがついているよ、と、近所の人からの情報があって、皆、家の中へ入りました。

そこで、これが大阪が震源の地震なんだとわかりました。

テレビはその後、途切れることなく、情報を流していました。
しかし、肝心の揺れた時に、ぶつっと切れて、情報も何もこないという恐怖を体感したので、後にずっと流れる情報は少しむなしく感じました。

息子は、揺れがわからなかったみたい。
テレビをずっとボーゼンと見ている私を見て「なんで学校行かないの?」と思ったようで、
数少ない覚えている単語

学校!

と、言葉を言い放ち、行こうよ!!と怒ったように言ってました。

そんな時、学校から「本日、学校予定通りあります」メールが・・・。

え?学校あるの?

今からじゃ学校の送迎バスには間に合わない~と、車で私が送ることに・・・

途中で地震になったらどうしようっと、めちゃめちゃ怖かったです。

車で息子の学校近くまで行く途中、普通小学校を通ったのですが、その小学校は、休校になったようで、保護者が学校に引き取りに向かう様子や、保護者と一緒に子どもが帰る様子が見られました。

ここは休校なのに、うちの学校はあるの?まさか、行ったら、やっぱりないとか言われないよね?とか不安に思いつつ、学校まで行くと、送迎バスが学校にもう到着していて、次々に子ども達がバスから降りているところでした。

あ、やっぱりあったんだ・・・

後で聞いた話ですが、息子の学校は支援学校なので校区が広く、朝早くから送迎バスの運行がされているため、急に休校はむずかしいみたいです。それよりは、学校に生徒を待機させる方が・・・との考えだったようです。

それぞれに学校の思惑があるようですが、

私たち、そこまで知らないから、その時は、「え?こんな時に学校?」とか思っちゃうし、

休むにしても、電話で連絡しようとして、電話が通じなかったです。

どうしろと?

と、思いました。

学校からはずっと、経過報告や、学校から生徒の帰宅時にも送迎バスの運行状況やらずっとメールが来ていたのですが、地震時に、個人から学校への連絡が難しい・・・ということを感じました。

学校側からの一方的な発信になってしまうので、こんな時の対応をどうするかが課題みたいです。

旦那はその頃

大阪にいて、ドンという下から突き上げるような体感をしたそうです。

LINEの電話で私にすぐ連絡してくれた旦那。
旦那は今までの災害から、LINEは使えるというのを学んでいたらしく、LINEからの電話を利用したようです。

ちゃんと話もできて、お互い大丈夫との確認ですぐに切りました。

その後、駅周辺に人がわらわら出ているをの私が目撃し、電車が止まっていることを知りました。仕事中の旦那は、電車止まっていることを知らないだろうと、LINEでメールして教えると、ショックが大きかったのか、ず~と、まだ動いてない、まだ動いてないのメールが・・・仕事は????(~_~)

駅周辺にわらわら出てる人も、ずっと携帯見つめている人だらけでした。

きっと旦那と同じ感じだったのでしょう。

午後3時頃、

電車動いてるみたい

と、電車で帰りますメールが来ました。

電車動かなければ、車で迎えに行かなくちゃいけないかしら?と思っていたので、私も一安心。
その日は電車が使えないからか、かなり道路の渋滞がひどかったようなので・・・

地震の後は、日常のありがたさがわかると同時に余震におびえる

結局、みんな普通の日を過ごして、自力で家に帰宅してくれました。何かの時には迎えに走らなきゃかしら?と思って待機していたのですが・・・

もしもいつか災害が起こっても、こうやってみんな無事に帰ってきてほしい・・・としみじみ思いました。

その後の余震は、次の日の昼くらいまで何度か感じました。

19日の夜中の0時のが一番「ドン!」という感じで体感きつかったです。

でも、その後は、地震の揺れを体感したから、感覚が揺れているって感じで、実際地面が揺れているのか?自分が揺れているのか?突如、揺れの感覚が襲ってきます。自分が怖がっているのがよくわかります。

地面の揺れが人に及ぼす作用の怖さが少し体感できたような気がします。
自然と身体を合わせるって、こんな感じなのかな?

この後、防災グッズの中身をもっと増やすべく、ホームセンターに走った私。
地震を意識してか、ガスボンベが大量に置いてありました。防災のために買っとけってことか?

スーパーへ行くと、パックごはんで売り切れている部分がありました。

みんな買っていったのかなぁ・・・。地震の後の行動みんな早いよ~。



水の売り場が拡大されていて、それはスーパーもホームセンターも一緒でした。水は防災グッズだよ~んてことか?

我が家はおしりふきが欲しかったのですが、おしりふき売り切れ・・・たまたま?うんこをおむつでしかできない息子なので、我が家の防災グッズの中におむつとおしりふきは必須です

他、割りばし、紙コップ、ラップ、アルミホイル、ガスボンベ、ビニールパック、などが災害時に役に立ったと、どこかで読んだので、買い足し。

割と早く動いたつもりだったけど、みんなそれより早く動いてたみたいで、ホームセンターもスーパーも買い物客いっぱいでした。

物流が止まる災害には会いたくないよ~きっと私、物買えないタイプだ・・・

そろそろ1週間たちますが・・・

余震は震度3になると、震源地から離れた県でも感じるようです。

この余震けっこう感じたなぁ・・・。娘はベッドに横たわっていたので、さらに揺れ感じたと言ってました。

ジュセリーノさんの6月21日地震説もはずれたようでよかった~
って、次は24日?

予言だらけってことはそれだけ地震を恐れているからなんだろうなぁ。
中学生でも地震予言の日付を知っていて、ウワサしているのが怖い

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おとといの夜、

「さあ、もう寝るよ。iPad充電して」と、言ったら、息子がiPadを充電のため、棚に置こうとして、私の顎にiPadが直撃!!

痛い!!

めちゃくちゃ痛かったので、少々怒り気味に言ってしまったのですが・・・

息子は真顔で

「もめん(ごめん)(´・ω・`)」

と、言ってくれました。(「ご」がうまく言えなくて、「もめん」に聞こえたけど~

おお~「ごめん」が言えるようになってる~( ゚Д゚)

学校の先生の話によると、クラスのお友達と、こんな事があっても、お互い「ごめん」って言い合えているのだそうです。

毎日生活している私ですが、そこに気づくことなく過ごしてしまってた

小さい時は、「ごめんね」が言えるようになってほしくて、謝まらなければならないときは、「ごめんね」の意味で、ヨシヨシと頭をなでることを教えました。

言葉をなかなかしゃべれるようにならなかった息子。小5の現在も普通にスラスラ日本語しゃべれません。単語を少し知っていて、知ってる物の単語をたまに言うって感じ。指さし、ジェスチャーの方が言葉より多く使います。

でも、息子とのコミュニケーションは、以心伝心の部分が大きいです。少しの言葉、指さし、ゼスチャー、伝えたい場面の前後を考慮して、息子のいいたい事をこちらが考えるという感じ。

そんなコミュニケーションって、多くの人とつながる事が難しいので、なるべく言葉を発してほしくて簡単な言葉は教えるようにしています。

単語が少し話せるようになった段階で、「ごめんね」という言葉も教えたのですが、「ごめんねと言って」という風に、強要に聞こえたのか、素直に謝れない場面が多々ありました。

「ごめんね」の言葉の意味はちゃんとわかっているようだったのですが、「謝りたくない」気持ちが息子の心の中にあるのかな?

反抗期に「ごめんね」習得時期が重なったのかなぁ・・・と、思っていたのですが、

今宵、この場面を得て、

すんなり謝れるようになってるじゃ~ん!

と、うれしかったです。

謝れないって生活する場で人間関係こじらせる元、と私は考えているので、「謝るは大事」と教えたかったんです。

でも、こういうのは自然な流れで、子どもの中に入るものなんだなぁと私が学びました。



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