ダウン症児とHSP娘との暮らしのブログ

HSPだと思われる娘とダウン症児の息子と暮らしています。多くの気づきを得られる刺激的な毎日なので、忘れちゃもったいないな・・・と思って綴っているのですが、年々綴るのが遅くなっています。子どもらが育つということは親が年を取るということ。指が動かん・・・。

HSP

娘のお気に入りのアニメ 「ぼっち・ざ・ろっく」。
面白いから見れ!と正月に勧められたので、家族でイッキ見しました。
bocchizarock

旦那と二人、なんて娘的な行動をする主人公・・・と、思いました。

まるまるうちの娘がやりそうなことばかり・・・


人とのかかわりが怖いくせに、人とかかわりたくてたまらないとか
妄想のしすぎで行動できないとか
友達を作りたくても話しかけられないとか
思い込みが激しいとか・・・

まさしく娘!

この漫画の紹介文では、コミュ障ってひとりちゃんのこと書いているけど、HSPじゃないんかい?

娘の幼少期、言葉が少なくて、心配でした。育児相談にも行ったけど、障がいとは言われなかった。

いろいろ調べてHSPでは?と私の中で腑に落ちた的に思ってて、「ぼっち・ざ・ろっく」のひとりちゃん見てさらに納得。娘を理解するのにとても役立ったアニメでした。



今ごろになってやっと、幼少期はこう思っていたということを話せるようになったのか、いろいろ子どもの頃の心情を教えてくれます。

娘が言うには幼少期はすごく怖かったらしいです。
あと、人が言う小さい一言、一言に傷ついていたみたいです。(今もだけど・・・)
話聞いてみると、相手の言い分は何気な一言なのでは?と思うのですが、本人の胸には言葉の傷がついているようです。

人の言うこと丁寧に聞いているということなのかな~?


小学校、中学校時代は、友達になかなか話しかけられなくて、一学期が一番悲惨な学生生活となってしまうのですが、それでも友達に話しかけられないのは、相手の反応を妄想しているからというのも「ぼっち・ざ・ろっく」でわかりました。

そうじゃなかろうか・・・という感じで娘をとらえていたのですが、よりはっきり輪郭見えてきた~!

私にはHSP要素が多分少ないっぽいです。

娘がどうしてその方向で考えるのか?その方向考えたら効率悪くない?なんて思ってしまうのですが、それを口に出したら、娘、なめくじになりますので、言いませんけどさ~。

中2くらいまですごく口数が少なかったのですが、コロナで学校行かなくていい日が長く続いたら、家ではすごくおしゃべりになってきました。

リラックスが重要みたいです。

生まれた時から口数少ないってのは、家のことを信用していないんだなって思ってはいました。
特に何かあったって心あたりはないのですが、なんで信用してないんだろう?
私のお世話の仕方に問題が?

それもあるんだろうけどさっ。



私的には、前世の記憶にネガティブがいっぱい詰まっているのがHSPだ!と思っていたりします。

確か、「敏感すぎて困っている自分の対処法」という本にそのようなことを書いてあって、すごく腑に落ちました。↓こちらに記事書きました。


 
最近、コミュ障や引きこもりのキャラが出てくるアニメや漫画多い気がします。
昔はそれを引っ込み思案と言っていたと思うのですが、そのキーワードはどこいった?

私も引っ込み思案と言われたけど、コミュ障やHSPとはちと違う感じがします。現代独特?つ~か、今までの人類の心の傷や、悲しい思い込み、経験などが人に遺伝して、噴出してきているのでは?と思っている私です。

これを癒すにはどうしたらいいんだろう?

HSPは人と生きるの大変なんで、社会的地位を得たキーワードだからって、生きていくのが楽になるわけじゃない~

HSPという言葉が広がるよりも、ぼっちの心情が広がるよりも、その人たちが楽しく生きられる方法が広まってほしいと思うんだけどなぁ~。


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HSP娘は、目が敏感なのか、眩しいのを嫌います。眩しいと頭が痛くなるらしい。

幼児の時は、「眩しい」とか「頭が痛い」とかいう言葉を知らなかったので、「おめめがいたい」とよく言ってました。

成長した今、よく頭痛を訴えるので、「おめめがいたい」は頭痛の事だったのかな?と思っています。

小中学生の時は、眼科検診で内反症のお手紙をもらってきていて、検診は毎年のように行っていました。が、まつ毛の話は聞いても、眼球については特に言われた事はありませんでした。

夏に海を見に家族で行った時、白い砂浜に青いきらきらした海を

きれい~

と見ていると、

まぶし~、頭痛くなってくる・・・。

と言っていて、海からはそうそうと退散しないといけませんでした。

ユニクロが嫌いみたいです。
ユニクロの商品が嫌いなのじゃなくて、ユニクロの店舗は壁の白が映える作りになっているので、目が痛いんですと・・・。

部屋がごちゃごちゃしているのも嫌がります。
物がたくさんあるのを見ると、頭が痛くなるそうです。

小学生の時は、不思議の国のアリス症候群的な目で、学校の黒板が大きくなったり小さくなったりする~と言ってました。

小学生の時は視力は普通だったのですが、中学生になって視力が悪くなってきました。

ゲームしすぎじゃ!

中学生になって眼鏡を作り、高校生になってコンタクトデビューをしました。視力がどんどん悪くなってきたので、今の視力に合った新しい眼鏡を作りに行こうと言ったのですが、いらん!と言います。

なんで?

と聞くと、

だって、見えすぎると頭痛くなるんだもん。だから見えなくていいの!

え~?見えなかったら生活困るじゃん!

よくわからん娘じゃ~。
メガネは確かにあまり見えすぎる度はよくないらしいですが、買う時に見え方を確認して買ってるのに~。

見えたくないからメガネ新しいのはいらん!という娘。コンタクトは見えても頭痛くならないのか、コンタクトを好みます。

しかし、コンタクトが使えないシーンもあると思うので、使えるメガネは必要じゃろ!と、新しいメガネを買いに行きました。

新しい眼鏡はフレームを娘好みのかわいいやつにして、ブルーライトカットを少し強めにしてみました。カット率が強いとレンズが黄色味がかるので、光がやわらぐかと思ったのですが・・・。

まぶしい、まぶしいって言うからさ~

ブルーライトカットをレンズに入れると、出来上がりに1週間かかるとの事でした。うまく、日々使える物に仕上がってるといいけどなぁ・・・。

娘の目は不思議じゃ~。
いつか、目と頭痛の問題が解決する日がくるかな?と思い記録しておきます。


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もうちょっとで小学校卒業の娘。

やった~
と、親が喜んでいること、
それは集団登校の付き添いがなくなること~♡

娘が通っている小学校地区では、登校する時は集団登校でした。

居住地を班にわけていて、その班に該当するところの小学生が集まって登校するというふうになっていて、その班に保護者が1人ついていくという形をとっています。



私が小学生の時は、集団登校ではなかったので、それがどんなものか知らなかったです。

小学生に交じって、大人がポツン・・・は、結構居心地悪かった。そういうの好きな保護者の方もいるのかもだけど・・・。

私が連れて行ってた小学生の性格だったのか、すんごくみんな大人しかった。誰も登校時しゃべらない・・・いたたまれん!って感じ

小学生の人数は10人くらいから最高で18人。数ヶ月に1回、1週間、付き添い登校だったのですが、その1週間が苦行。

小学校の登校ってこうだったっけ?友達としゃべりながらの登校の日もあったような気がしたけどなぁ・・・?

同じ学年同士でもしゃべらないんだ・・・。

と、不思議な登校だったです。

昭和の登校風景

私の時の登校時がおかしかったのかな?
昭和の私の登校は・・・

●私は45分かけて、小学校まで歩いて行ってました。(小1の足で、です。小6になると多少早く学校へ行けるようになりましたが、遠かった~
●小学校1年生から一人で行っていました。
●親はまったく心配していないような感じでした。当時、登校を心配していた親いるのかなぁ?
●登校時は、途中で友達と会うこともしばしばで、友達と会うと、お喋りしながら学校まで一緒に行っていました。
●遅刻だ~って時には、他の人の目も気にせず、ひたすら学校まで走ります。

つ~のは、普通じゃない?
今はまったく違うのかな?

集団登校のデメリット

平成生まれの娘の登校風景は私とはまったく違ってました。地域の特色で集団登校?私が田舎の学校だったから集団登校じゃなかったのかな?それとも時代?だんだん犯罪や事故が多くなってきたから集団登校を推奨するようになったのかな?

集団登校で困ったなって場面は・・・

列の先頭を決めるのが難しかった

我が家が所属する集団登校の班には、小1~6年の全学年まんべんなくいました。列は2列に並んで行きます。その列の先頭に高学年の者が、低学年が一番後ろ、低学年の後ろから保護者が付いて行くって形でした。

新しい学年になる前の3月、集団登校時の列の先頭を決める話し合いをします。新しい年度で小6になる子達の中の誰かがリーダーって感じで列の一番前で歩くのですが、そのリーダー選びが大変な時もあったりします。

6年生の誰かが「私がやります」と、毎年言ってくれていたのですが、娘が小6になった時は誰もいなくて揉めて、結局小6の中からは決められなくて、「しかたないからやってあげる」と、言ってくれた子は小6ではなかった。

リーダー不在の年は決めるのが大変だぁ・・・。まぁ前に行きたくない気持ちはわかるけど・・・。

集団登校は低学年にはメリットありですが、高学年には苦痛?

娘の学校までの道のりは、信号機のない横断歩道があり、車もそこそこ通るし、朝の車は結構スピード出してます。子どもが通っているのに車の方はおかまいなしって感じ。歩道も狭いし、歩道内に停める路上駐車もよく見かけます。そんな道路事情なので、小学1年生には少し大変で、親も心配です。

なので、集団登校が親的には安心なのかもしれないけど、子どもら的には楽しくはなさそう・・・。友達でもない人たちと一緒に学校に行くのはなんだか・・・って感じに見受けられました。しかも知り合いでもない低学年の子たちを連れて行かないといけないんで、負担に思っているのかもしれません。

待ち合わせ時間を守るのが難しかった

娘は朝起きるのが大変苦手。
なので、集団登校する待ち合わせの時間に間に合わない、ということもしばしば。

高学年になるにつれて、もう自分で学校行ける・・・という自信があるからか、待ち合わせ時間に間に合わせようとする気すら見受けられなくなっていきました。

それは、高学年の子にありがちなようで、娘が低学年の頃、高学年の子達の中には、待ち合わせ時間に来ない子、いました。

高学年になると、待ち合わせ時間に来ない子は、自分で学校まで行ってもらうというルールにのっとり、時間になると他の集まった子達は学校へ出発します。

出発時間を6年間守るというのは、かなり難しいんじゃ・・・というのを感じました。多少の時間の誤差で学校へ行くということができないので、そこは集団登校のデメリットじゃないかな・・・と、思いました。

列をなして行くのは危険

私が考える集団登校の一番のデメリット、それは、列が長くなると、車がつっこんできたら逃げられない!という事。

集団登校は、2列で歩道を歩いてました。

娘が低学年の時は、8~10人くらいだったのですが、人気の地域になったのか?はたまた人気地域から押し出されてこちらが開発地区になったのか、コーポやマンション、新築の家が出来だして、気づいたら18人の大所帯に・・・

その18人を2列にして、ガードレールもない歩道を連れて歩く。1列だったら18人なので、先頭までめちゃ遠くなる、なんかあっても駆けつけられん!かといって、2列だと狭い歩道にびっちり。

車来るたびにひやひやする~
車がその列をめがけてやってきたり、ちょっと車が方向を誤ると、私たち逃げようがない!

長い列は、散ることが難しいのだ!

しかも、中には、歩道を歩いてくれない子もいる

「あぶないよ~」と注意を促せばすぐに歩道にもどってくれる子がほとんどだったのですが、娘が6年生になった時、注意を促しても、もどってくれない子もいた~

元気ハツラツすぎて、飛んだり、跳ねたり、しゃべったり・・・集団登校中、ヒヤヒヤでした。

小学校の登下校の思い出は、中学校生活の糧に・・・

娘にとって、集団登校はあんまりいい思い出ではありません。

好きな子と一緒に学校へ行きたかった

だよね~。

班の中に好きな子を作れればよかったのですが、HSP娘にそれはちと難しかった

中学生になったら集団登校ではなくなる~

やった~

親もやった~

でも、HSPな娘なので、次の問題を考えついてました。

誰か一緒に学校行ってくれる人いるかな・・・
一人でとぼとぼ行かないといけないかもしれない・・

なんじゃそりゃ?集団登校いやなんじゃなかったの?

一難去ってまた一難?HSP娘は問題を作るのが得意です・・・




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娘は1歳半から習い事を始めました。

1歳半で、ドラキッズという勉強系の習い事に通ってみたのですが、これが、娘に合わなかった

娘が通った教室は、2人の先生がいました。とても子どもをよくわかっている先生で(ドラキッズの先生はみんな有資格者ばかりなのだそうです)、親にまで優しく親身になってくださる先生でよかったのですが、授業内容が、娘に合わなかったようでした。

頑張って1年8ヶ月通ったけど、こりゃだめだ、と私が断念してしまいました。


■勉強系の習い事に入ってみた

ドラキッズは小学館の幼児教室。各地にあるようで、私の住んでいるところは、近所のスーパーに入っていました。娘は幼児の頃から、人の中に入りたいのに、入れないって感じだったので、何か習い事をしてお友達ができるといいなって思っていたので、入ることにしたのですが・・・。

いろんな科目があるから、楽しくできるかな?




しかし、授業的内容の習い事は、みんなそれぞれ自分でやるものばかり。自分がやりたい~って子は向いてるかもですが、消極的で、こうやっていいのかな?ああやっていいのかな?とやってることに不安を感じている娘には合ってなかったようでした。

やってて楽しそうだなって見えたのはドラえもん体操だけだったです。

読み聞かせの時間もありましたが、まったく先生のお話を聞いてなくて、後ろの方で、ふらふらしていました。

みんなが固まっているところで、じっと同じように座っているのが嫌なのか?、人が話している話を聞くのが嫌なのか?は、わからなかったです。

先生は大丈夫ですよって言ってくれたけど、その時は私がおろおろしてしまいました。

大きくなった娘に聞いたら、

勉強は何やってるのかまったくわかんなかった。読み聞かせは話している内容がわかんなかったから嫌だった。

のだそうです。ダンスだけが楽しかったとは言ってました。

私が感じていたことは間違いじゃなかったんだな。

勉強系の習い事は、そこを楽しく感じる子が行くところなんだな~と、学んだ出来事でした。

■ダンスが楽しそうだったので、舞踊系を探してみた

勉強系は諦めて、そのまま児童館や公園で幼児期を楽しもうかとも考えたのですが、近所の子ども達、みんな習い事してて、公園や児童館はちょっとやんちゃな子どもが多かったんで、大人しい娘には入る余地がなかったです。

友達作りは習い事しか道ないんだ!

と気づいたので、またしても習い事探し。今度は舞踊系で何かないかと探し始めました。

ダンスがよかったのですが、ダンス系って4歳からしか近所はなくて、まだ3歳だったので、バレエしか道がなかった。バレエは3歳からOKでした。

とりあえず、体験を申し込んでみたのですが、娘は体験してくれませんでした。

げ!レッスン入ってくれん!

レオタードも靴も貸してくれたのですが、レッスンに入らず、レッスンをじっと見て帰るということになってしまいました。

こっちの方向じゃないのかな~?

と、思ったのですが、もう1軒別のバレエ教室に行ってみました。

そこはおばあちゃん先生と娘って感じの教室でした。
そんなに優しいって感じの先生ではなかったのに、何が決め手だったのか、す~っとレッスンに入って、体験をすることができました。

娘にやる?って聞いたらうなずいたので、そこに入ることにしました。
その後、長く続いて、6年生までバレエしていましたが、中学で吹奏楽をやりたいらしく、バレエと両立は難しかったので、辞めることになりました。

今、娘にその時の話を聞いてみると、

バレエ、楽しかった。音楽が特によかった。クラッシックの音楽がゆったりして気持ちよかった。

そうです。

え?音楽の方がよかったの?

私が考えていたのとは違うバレエの捉え方していたみたい。でも、やめた今でもバレエ楽しかったって何度も言っています。

■相談しながら決められるようになった

バレエを習う事は、私が道を決めたけど、バレエをやめる方向にするのは、2人で相談して決めました。

HSCの娘は、幼児期とても言葉が少なく、自分から発信する、がなかなかできませんでした。なので、決めるのがほんとに難しかったです。どうしたいのか?を言ってもらえなかったです。今聞いたら・・・

世の中の何もかもが怖かった。

そうです。

小学校高学年くらいから、自分を発信する事が少しづつできるようになってきたのですが、否定されるとグレるので、話し合うというのが難しかったです。「こうならないと嫌」と譲らないのは、思っている方向にならないのが嫌なんじゃなくて、否定された悲しみの方が強いようでした。

でも、ダメや無理はあるから、すり合わせは仕方ないんだよ~って感じで、本格的に一緒に考えて決められるようになったのは最近です。

■短期で終わった習い事

●テニス

小学高学年になると、体育でボールの授業があるのですが、ボールがなかなか上手になりませんでした。家で私と練習したりしたのですが、うまくいかなかったです。

学校からうなだれて帰ってくるので、どこか教えてもらえるところないかな~と、探してみました。近所のバレーボールのチームとかでもよかったのですが、娘がその団体の中に入る力がなかった。

おとなしい娘に、出来上がってるチームの中に入るのは無理だろうなぁ。

と思ったので、近所のカルチャーセンターにテニス教室があったので、テニスに入ってみることにしました。

人数が少なくて、時にマンツーマン指導になってしまい、マンツーマンだと先生の言葉がとてもきつく感じるみたいで、先生の一言一言に傷ついて帰ってきていたので、すぐにやめることになりました。

敏感な子に体育会系男子の言葉は辛いんだな・・・。と、学びました。

先生が悪いわけじゃないんです。体育会系若い男性のはきはき明るくて強い言葉は、繊細な娘の心に響き過ぎるみたい。指導を上手に受け取れなくて申し訳ない・・・。

でも、指導のおかげで、体育のボール授業が楽しめるようになり、バスケットやバレーボールの授業も普通にこなせる力がついたので、入ってよかったです。

●水泳

水泳の授業についていけなくて、習うことにしました。

しかし、HSPの娘、あれこれ習うの嫌いみたい。いろんな人に会ったり、いろんな先生に合わせるのが大変で、気を使う場が増えるので、あまり習い事を増やしたくないみたいでした。なので、短期の水泳教室に入ることにしました。

夏休みだけ、とか冬休みだけの集中講座があったので、その教室に申し込み、水泳授業を乗り切ることができました。

●公文&学研

勉強も授業でついていけなくて、塾探しが必要でした。さらっと授業で習うだけではうまく内容を受け取れないみたいで、丁寧な指導が必要な娘でした。

最初は公文に入ったのですが、先生がハキハキとちょっと厳しめの先生だったので、自分からどこがわからないかの発信をしにくかったらしく、打ち解けられなくて、先生は逆に、はっきりしない子は不得意なようでした。「はっきり言わないとわからないでしょ!」という場面になってしまって、揉めたので、辞めることにしました。

次に入った学研の先生は、「どこがわからないの?」と下に降りてきてくれて、丁寧に指導してくれる先生だったので、ずっとお世話になる事ができました。

繊細な子には、習い事の先生の性格の見極め大事!と学びました。

■HSPの習い事選び

「出来る」で目立つのも、「出来ない」で目立つのも嫌う娘。でも自分で上達するための力もないんで、習う必要がありました。

趣味の習い事なら、嫌ならやめるでいいけど、学校の授業でついていけないと、補習的に学ぶ必要があって、あっちこっち探し回って大変でした。

娘の繊細な心を壊さず、かつ、力をつけさせてくれて、通うのが容易なところってどこだ~?

HSP娘の習い事選び、まじ大変だった

前に進む推進力が少ない
しかし、進めるようにお膳立てしてあげて、ちょっと押してあげれば長く続きます。
ルーティンが上手な娘です

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「敏感すぎる人」というものに興味を持ち始めたのは、私の娘がどうもそんな感じだから・・・。

育児を始めて、「あら?」っと思う事が多々あって、発達障害などいろいろ考えたのですが、「敏感すぎる」というのが一番当てはまるような気がします。

ですが、「敏感すぎる」というのは、特に医師に診断されたわけではないので、親なりのナットクでしかありません。

そこに、もやっとするのが残るのですが、自分の感覚を信じるしかなかったりします。

娘の育児を通して、「敏感すぎる」というのじゃないのかな?
と、理解を深めるのに役立ったのは、本でした。
本でナットクしたので、こうじゃないかという思いに至っています。



■おすすめのHSP本

●「敏感過ぎて困っている自分の対処法」

4コマ漫画もはいっており、すごくわかりやすかったです。


研究者の観点から書かれた本じゃなく、当事者の側からみたHSP本でした。著者の苑田純子さんも、4コマ漫画描かれている高橋敦さんもHSPなんだとか。

HSPは今、市民権を得ているようで、検索をかけてみたら、たくさん出てきました。
私は最近ここに到達したばかりです

●「ささいなことにもすぐに動揺してしまうあなたへ。」「敏感すぎてすぐ「恋」に動揺してしまうあなたへ。」

「ひといちばい敏感な子」という本が私の「HSP」「HSC」との出会いだったのですが、エレーン・N.アーロン博士が書いた本で、その先生の本を他にも読んでみたくて選んだのが下記2冊です。




●「敏感過ぎる自分を好きになれる本」

HSPの臨床医、精神科医の長沼睦雄先生の書いた本。普通の文字の本の方を私は読んだのですが、漫画も出てたので漫画の方をリンクを貼ってみました。同タイトルで普通の本もあります。


●「子どもの敏感さに困ったら読む本」

私はこちらの本↓で娘の心の中を少し理解した感じがしました。子どものHSPに困っている人にオススメです。


●「脳科学医が教える他人に敏感すぎる人がラクに生きる方法」

脳科学者の高田明和先生の本もおすすめです。高田先生もHSPなんだそうです。


●「敏感すぎて苦しい・HSPがたちまち解決」

高田先生のこちらの本もわかりやすかったです。何度も読みました。


■なぜ敏感なのか?


本で学んだ事は、なぜ敏感なのかという問いに、
昔、人は、猛獣にくらべて弱く、人が生きていくためには、集団で協力して戦略をたてて生き延びなくてはならなくて、人が集団でいるという事は、共感も必要で~
そういったことから、感覚を磨いた記憶が先祖代々受け継がれてきて、能力として人の中に残っているのではないか・・・

という風な事が書かれていいました。

なんかちょっと腑に落ちてしまった自分がいます。

娘の生い立ち、ずっと一緒にいるから全部知ってるはずだけど、なぜそんなに怖がりなのかまったくわかりませんでした。

そんな怖いと思うこと、生活の中でやった事ないのにな。


と、思ってたんですよ。
生まれる前の記憶・・・という話ならナットクって感じです。



■敏感を緩和する方法


本の中で、対処法として

・瞑想
・呼吸法
・お経を読む
・イメージ法
・安全を脳に意識させる

などがあるそう。

「敏感過ぎて困っている自分の対処法」に書かれてありました。(私的にこの本が一番オススメ)
ようは、自分が一番心地よくなる方法を自分で考えるって感じでした。

過敏って結局自分で対処するしかないよね~。

ちなみにうちのダウン症児、HSPの繊細さとは対極にいます。

私的にみたら、ダウン症のラテン系の明るさとHSPの緻密さはベストマッチ。暗く考えがちなHSP娘なのですが、ラテン系のダウン症児息子がネガティブを吹っ飛ばしてくれてます。息子がいるだけでなんか場が明るくなります。

しかし、自分のネガティブ思考に自分で傷つくHSP娘なので、あまり明るかったら、

どうせ私なんて~



になっちゃう時もあります。

娘は1人がいいように思っているけど、私的には、

いろんな人を知って、人生豊かにしてほしいな。その中で自分を理解してくれる人を自分で見つけていってほしいなぁ。


なんて思っています。娘にはまだ伝わっていませ~ん。


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