今年の我が家にはサンタが来ないです。
つ~がサンタは来ないという宣言を私がしました。
あまりに時間を無視してゲームをするので、そんな生活をしていると、サンタは来ないと前々から言っていました。
そして事件は起こりました。
学研の宿題をゲームのためにする時間がなくなったみたいで、宿題をしていかなかったという事件。
娘はもう小学6年生なのですが、毎年サンタに「今年のプレゼントは○○にしてください」というおねだりの手紙を喜々として書いています。できるだけ希望にそうために旦那と私は頑張ってきたのですが、今年は怒りに達しすぎて、その気になれない!
そして、娘は「手紙書いてもムダ」発言に、顔色が変わるほどひどく落胆していました。
そういえば、私が言う事よりも、アンパンマンの言うことを聞くやつだった。
いつまでサンタを信じるのか?
サンタ信じてる時期長すぎて、友達にからかわれることになったりしない?
サンタの存在は難しいなぁ・・・。私の気持ち一つで存在が消えてしまう・・・
クリスマス=サンタクロースの認識はまったくないと思います。
息子は療育に気を遣う環境にいるからか、毎年誰かしらがサンタの格好をして現れたり、学校では先生たちが、デイサービスでは職員の方々が、一生懸命クリスマスを意識してちょっとしたプレゼントやクリスマスツリーの飾りつけなんかを作る時間を設けたりしています。
クリスマス会もどこかで絶対一回はあるし、とても恵まれた環境です。
にもかかわらず、
クリスマス、きっと知らんと思います
サンタの格好をした人にあっても、気にもしていません。
カレンダーがわかってない。
一生懸命教えてるんですが、意味がわかってないみたいです。
ちなみに曜日もわかってない
毎日をせいいっぱい生きているだけなんです。今日は何の日?なんて気にもしてないし、何かの日というものがあることに気づいてないです

誕生日も意識して、いろんな子の誕生日を今まで祝ってきたのですが、実際彼の中に「誕生日」の意味が入っているかは疑問・・・つ~が母の目からみると「わかってないだろうな~」って感じです。
でも、誕生日会で歌う「ハッピーバースディトゥユー」は知っていますし、ケーキにろうそく立ててふ~と吹くんだ・・・というのは知っています。
それで楽しそうです。それだけでいいみたい。
何の日?
が問題なのではなく、その時の楽しい気持ちが大事みたい。クリスマスやイベントが大切なのではなく、そこに集う人と一緒に楽しむのがうれしいようです。
人が集うってイベントでもないと難しいもんね。
盆暮れ正月、冠婚葬祭などのイベントでは、親せきが集まって飲んだり、歌ったり、踊ったり、大人たちがしていました。
大人たちが集まると、男衆は飲んだくれて、叔母さんたちが「さぁ、歌おうかい」とか言って、みんなで「黒田節」とか歌ってた。そんな中で、踊る人とかも出てきて、みんなそれが楽しかったみたい。
私は小さかったので、何が楽しいのかよくわかんなかったけど・・・。
桃の節句、5月の節句などの、子どものための昔からのイベントは、小さい時なかったな。多分私の両親はそういったイベント興味なかった。
そう考えてみると、子どものためのイベント満載な、昨今のこの風潮はうらやましいかぎり・・・。
つ~が、イベントを経験してきていないので、クリスマスの楽しみがわからないから、クリスマスを簡単に抹殺できる私なのかも・・・
子どもがいなかったらきっと、人生の中で、こんなに深く、クリスマスやサンタのことを考えたりしていないと思います。
なによりプレゼントが嫌いで、自分が必要ではない物をもらうのが嫌なんだって。
旦那も子どもの頃、イベントを祝う習慣の家族ではなかったようで、子どもの頃にそういったものは自分の中から抹殺してしまっているみたいです
今年はツリーすら出すつもりはありません。
イベントごとは、人生のちょっとしたスパイスのようなもので、ずっと平坦な毎日の方が生きるのに大変ではないかと思います。
なので、そのスパイスのような時間を少しでも作ってあげたい・・・と、気持ちはあるんだけど、今年は無理!
再来年、どうなるかな?我が家にクリスマスって必要?もしかして娘だけに必要なのかもしれない。
つ~がサンタは来ないという宣言を私がしました。
■ゲームにハマっている娘に喝
夏休みに、すっかりゲーマーとなった娘。あまりに時間を無視してゲームをするので、そんな生活をしていると、サンタは来ないと前々から言っていました。
そして事件は起こりました。
学研の宿題をゲームのためにする時間がなくなったみたいで、宿題をしていかなかったという事件。
学研って宿題をもらって勉強するところじゃん?宿題してなんぼのところが学研でしょ?それをしなかった?
自称めったにキレない私。しかしこの時ばかりはキレまして、サンタは今年来ないよ。手紙書いてもムダだから。
と、なったのでした。娘はもう小学6年生なのですが、毎年サンタに「今年のプレゼントは○○にしてください」というおねだりの手紙を喜々として書いています。できるだけ希望にそうために旦那と私は頑張ってきたのですが、今年は怒りに達しすぎて、その気になれない!
そして、娘は「手紙書いてもムダ」発言に、顔色が変わるほどひどく落胆していました。
まだサンタを信じてるんだな。
そういえば、私が言う事よりも、アンパンマンの言うことを聞くやつだった。
いつまでサンタを信じるのか?
サンタ信じてる時期長すぎて、友達にからかわれることになったりしない?
サンタの存在は難しいなぁ・・・。私の気持ち一つで存在が消えてしまう・・・

■サンタクロースの存在を知らない息子
息子の場合ですと、サンタすら知らんのじゃないかな~。クリスマス=サンタクロースの認識はまったくないと思います。
息子は療育に気を遣う環境にいるからか、毎年誰かしらがサンタの格好をして現れたり、学校では先生たちが、デイサービスでは職員の方々が、一生懸命クリスマスを意識してちょっとしたプレゼントやクリスマスツリーの飾りつけなんかを作る時間を設けたりしています。
クリスマス会もどこかで絶対一回はあるし、とても恵まれた環境です。
にもかかわらず、
クリスマス、きっと知らんと思います

サンタの格好をした人にあっても、気にもしていません。
カレンダーがわかってない。
一生懸命教えてるんですが、意味がわかってないみたいです。
ちなみに曜日もわかってない

毎日をせいいっぱい生きているだけなんです。今日は何の日?なんて気にもしてないし、何かの日というものがあることに気づいてないです

一生懸命、イベント組んでるんだけどな。
でも、自分が欲しいものがもらえるとうれしいしそうです。ただ、それが何の日でも関係ありません。自分のもとに欲しい物が来ればそれでOKみたい
誕生日も意識して、いろんな子の誕生日を今まで祝ってきたのですが、実際彼の中に「誕生日」の意味が入っているかは疑問・・・つ~が母の目からみると「わかってないだろうな~」って感じです。
でも、誕生日会で歌う「ハッピーバースディトゥユー」は知っていますし、ケーキにろうそく立ててふ~と吹くんだ・・・というのは知っています。
それで楽しそうです。それだけでいいみたい。
何の日?
が問題なのではなく、その時の楽しい気持ちが大事みたい。クリスマスやイベントが大切なのではなく、そこに集う人と一緒に楽しむのがうれしいようです。
人が集うってイベントでもないと難しいもんね。
■私が小さい時はクリスマスはこれほど盛大ではなかった
クリスマスって私が小さい時、こんな大々的なイベントではなかったので、どっちかというと、盆暮れ正月の方がイベントって感じでした。盆暮れ正月、冠婚葬祭などのイベントでは、親せきが集まって飲んだり、歌ったり、踊ったり、大人たちがしていました。
大人たちが集まると、男衆は飲んだくれて、叔母さんたちが「さぁ、歌おうかい」とか言って、みんなで「黒田節」とか歌ってた。そんな中で、踊る人とかも出てきて、みんなそれが楽しかったみたい。
私は小さかったので、何が楽しいのかよくわかんなかったけど・・・。
桃の節句、5月の節句などの、子どものための昔からのイベントは、小さい時なかったな。多分私の両親はそういったイベント興味なかった。
そう考えてみると、子どものためのイベント満載な、昨今のこの風潮はうらやましいかぎり・・・。
つ~が、イベントを経験してきていないので、クリスマスの楽しみがわからないから、クリスマスを簡単に抹殺できる私なのかも・・・

子どもがいなかったらきっと、人生の中で、こんなに深く、クリスマスやサンタのことを考えたりしていないと思います。
■ついでの旦那の場合
旦那は、サンタもクリスマスもいらんって感じの人です。なによりプレゼントが嫌いで、自分が必要ではない物をもらうのが嫌なんだって。
旦那も子どもの頃、イベントを祝う習慣の家族ではなかったようで、子どもの頃にそういったものは自分の中から抹殺してしまっているみたいです

■そんな我が家のこれからのクリスマスは果たして?
まったくクリスマスに縁がなかった両親が、これまで一生懸命クリスマスを頑張ってきましたが、今年はクリスマスを祝う気持ちまったくなくなりました。今年はツリーすら出すつもりはありません。
イベントごとは、人生のちょっとしたスパイスのようなもので、ずっと平坦な毎日の方が生きるのに大変ではないかと思います。
なので、そのスパイスのような時間を少しでも作ってあげたい・・・と、気持ちはあるんだけど、今年は無理!
再来年、どうなるかな?我が家にクリスマスって必要?もしかして娘だけに必要なのかもしれない。