ダウン症児とHSP娘との暮らしのブログ

HSPだと思われる娘とダウン症児の息子と暮らしています。多くの気づきを得られる刺激的な毎日なので、忘れちゃもったいないな・・・と思って綴っているのですが、年々綴るのが遅くなっています。子どもらが育つということは親が年を取るということ。指が動かん・・・。

ダウン症

お盆からの耳だれ、まだ続いてます。鼻水は薬を飲んだので、いったん止まったのですが、最近また出てくるようになりました。

そうしたら、耳だれも増えてきた~

↓お盆すぎでの診察でお薬もらって鼻水よくなってきてたのに~


鼻水が 出ても、耳にいかなければいいのですが、なかなかそうはならないです。なんでかな~?

鼻水も、今回、気候もよく、暑すぎず、寒すぎない、風邪もひいてなさそうなのに、なんで鼻水出るかな?

解せん!

ちょうど定例の診察があったので、その旨を耳鼻科の先生に聞いてみたました。

秋だからね~。アレルギー的なものかもしれないね。

アレルギーテストしたらアレルギーないってでましたよ?


アレルギーテストの数値に出なくても、アレルギー持ってる人いるんだよね~。

え~???


今回の診察で、今出ている鼻水はアレルギー的ものではないかという診たてでした。そういえば、毎年9月の急にちょっと寒くなる時が一番鼻水が出やすかったです。

アレルギーなのかな?

そんな時、寒暖差アレルギーというのをテレビで紹介されていたので、記録しておきます。

■寒暖差アレルギーとは?

血管運動性鼻炎というそうです。
急な気温差によって発症する鼻炎。
花粉・ダニ・ハウスダストなどで起こるアレルギー性鼻炎とはまったく別ものなんだとか。

起きやすい条件は、7度以上の寒暖差で症状が出やすい。

鼻水、鼻づまりの症状が出ている。
鼻水がサラサラしていて水っぽい。
目のかゆみ、充血はない。
熱はない
などに当てはまれば、寒暖差アレルギーかも?

でした。

息子の場合、今の状況、寒暖差アレルギー的?サラサラの鼻水から、青鼻に変わってて、別ものになってるのかも・・・。

■鼻水から?毎日耳だれ湧いてます

毎朝、耳の淵が耳だれが乾いて、カピカピになっています。
2022-9mimidare (3)
生理的食塩水で洗っているのですが、水が白く濁ります。
2022-9mimidare (2)
水をティッシュで吸いだすと、黄色くなる。膿的です。
2022-9mimidare (1)
洗った後は水は濁りません。本来こうなのかな~?
2022-9mimidare (4)

冬には風邪がひかえてる。
ウイルス、細菌にめちゃ弱い。

ダウン症、病気に弱いから、この世で生活するの大変です

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我が家にダウン症児がやってきた日のお話です。
私は妊娠しやすいタイプじゃなく、長女が生まれた時、

神様、ひとりでも私たちのもとへ子どもを連れてきてくれてありがとう

と、思ったものでした。

なので、
2人目がその後すぐ来てくれるとは思っていなくて・・・
1年後、ホントにすぐやってきてしまいました。

■妊娠初期
息子は私のお腹の中で、すくすく育ってくれました。
私も体重管理もそこそこできて、特に問題もない妊娠初期時代でした。

当時、出生前診断は羊水検査とトリプルマーカーという検査で、新出生前診断はありませんでした。

通っていた病院のドクターは命の尊厳を大切にする先生で、出生前診断を勧めない方針だったので、出生前診断について言われることはありませんでした。言えばしてくれたと思うのですが、院の方針や、娘がまだ生まれたばかりだったことで、なんだか言う方向ではなかった、というのが妊娠初期時代の様子です。

今思えば、これが運命の分かれ道?だったのかも。


もしかしてここで、出生前診断をしていたらどうなっただろう?と、思うこともありますが、今では、我が家に息子が来てくれてよかったと思っているので、検査しなくて良かった、と、心から思っています。

■妊娠中期
息子はよくお腹を蹴る子で、お腹が張って痛かったです。娘の時は、ひたすらじっと我慢してその日(この世に出てくる日)を待っているような感じでした。

早く出せ~


と蹴っていたのかもしれません。

その他、長女と違ったエピソードは、なかなか性別が確認できなかったこと。

病院に診察にいった時など、エコーでお腹の中を見ているドクターに性別を聞くたびに、「隠れてわからないんだよね~」というのが何度もあって、わかったのは、出産予定日にかなり近くなってからでした。今考えると息子は「ダウン症」というアイテムを持って生まれてくることを、私に隠したかったんじゃないかな~なんて思っています。

この頃、娘の方が大変だったです。母乳しか飲んでくれなくて、息子のために卒乳したかったのですが、あまりにもミルクを嫌がったので、産婦人科の看護師さんと相談して、ぎりぎりまで母乳をあげることにしました。私は母乳が出るタイプではなかったので、これが結構つらかったです。

今思えば、母乳を卒業したくなかった娘は、息子に

お母さんは渡さない


みたいな感じだったのかなぁ・・・?

■出産直前
出産日も押し迫ったある日、前期破水という症状?スーパーで買い物していたら、下から水が・・・。

慌てて病院に行きましたが、その時は、まだ大丈夫だと思うから、あまり動き回らないように・・・とのことで帰宅しました。
しかし、0歳の長女の世話もありますし、動き回らないは無理!

ある朝、私は、夢を見ていました。お腹の子が自分で胞衣?みたいなのをピッと割る夢でした。
起きたら、パンツが濡れていて、病院に駆け込み、入院決定となってしまいました。

2週間ほど入院しましたが、もうもちそうにないから産もう、ということになり、妊娠促進剤で出産という運びになりました。

入院中、破水したくせにわりと元気だった私は、妊娠促進剤投与の後、再放送をやっていた「ひとつ屋根の下」を「わ~やった~見ようっと」と、ウキウキしていました。

しかし、その矢先、陣痛が~(>_<)

えええ~?今?せっかくテレビ見ようと思っていたのに~妊娠促進剤効くの早すぎる~

と考えていた呑気な母への息子のいやがらせじゃないかと思ったりしてました。

促進剤~陣痛~出産の運びは早かったと思います。昼過ぎくらいに促進剤投与だったのですが、それからしばらく休んでて~といわれ、テレビを見ようとした16時少し前に陣痛。そして出産は17時くらいでした。「ひとつ屋根の下」を見てゆっくりしているハズだった時間に、陣痛で私は吐きまくり、旦那は病院に呼ばれ、私の背中をさすらないといけないハメに・・・。

旦那は、

出産には立ち会わんからな・・・


と言うタイプ。私もべつに、

いいよ~


てな感じだったのですが、運の悪い奴なのか、長女の時も、なぜか旦那が休みの日で、しかも出産時そばにいさせられて、出産場面を見る羽目になり、

今回は、病院から召喚命令~。陣痛で苦しんでいる間、なぜか私は吐き気を催すタイプで、ゲーゲー吐いたもんで、呼ばれたのかも。看護師さんから、「背中さすってあげて!」

と、命令されていました。

■出産
さあ出産という時は、産科、小児科のドクター、看護師さん、たくさんの人が、足元にいっぱいでめっちゃ恥ずかしかったです。旦那は娘と一緒に別室にいてくれたみたい。

陣痛~出産までの時間は1時間ほどで、吐きまくったけど、時間的にはそんなに長い時間じゃなかったです。

出産じたいもころっと出た、といった感じで出産できました。

しかし、出産した後の、ドクターの行動が・・・。

娘の時は、カンガルーケアとかしてもらえたのですが、息子はささっと連れていかれてしまいました。34週で出ちゃったので、しかたないけど、なんかさみしかったのを覚えています。

その後、息子は保育器直行、私は出血も多かったので、大人しく寝てろと病室へ直行。

しばらくして、病室へドクターがやってきました。そこでダウン症だと思うと伝えられました。

「顔をみたらダウン症の特徴の顔をしているから検査した方がいいと思う」


と、先生は言っていました。

ダウン症の顔ってどういう顔よ!


と、怒りたくなったけど、言われた事が衝撃的すぎて、「検査お願いします」としか言えませんでした。

■染色体検査の結果が出ない
検査結果がなかなか出なくて、結局私の退院の日までは出ませんでした。つ~か、息子の退院日にも出てなかった。1ヶ月くらいかかりました。(私は1週間ほど、息子は2週間入院でした。)

その間、不安で、不安で、ダウン症の特徴とは?と、入院中も、退院後もずっと調べていました。その頃は、スマホもなかったし、インターネット内の情報も今ほどたくさんなかったです。でも本の情報の方がすごく古くて、ネットの情報の方が新しく感じました。

その時、調べたダウン症の特徴は・・・

  • 目が吊り上がってる。
  • 目と目の間隔があいている。
  • 手相がますかけ線。(猿線というそうです)
  • 身体がやわらかい。
  • 耳、頭、口が小さい。
  • 手の小指が短い。
などでした。

先生はダウン症の顔ってどこを見て思ったんだろう?


とも考え、モンモンと過ごしました。

■ダウン症だと知ったのは封書での検査結果
検査結果は封書で届きました。
sensyokutai1


検査結果
【染色体異常が認められました。】
検査コメント
【トリソミー21を認めました。】

と、書かれてあり、中には染色体の写真も入っていました。
Down's syndrome2


赤ちゃんのベテランの先生の言う通り、息子は「ダウン症」でした。

■障がい児出産は離婚危機?
先生からダウン症だと思うと伝えられた時、旦那にどう伝えたら?とか、伝えて「離婚」とか言われたらどうしよう」とかぐるぐる頭の中を回りました。でも伝えないわけにはいかないので、素直に言われた事をそのまま伝えました。

離婚と言われるのが怖くて、その後に、


離婚する?


と言ってしまったのですが、

なんで?ダウン症だったのは仕方ないさ。


とあっさり言ってくれました。
「ダウン症」を一番に受け入れてくれたのは、産んだ「私」ではなく「旦那」でした。このことが私はすごくうれしくて、ここから私たち家族が始まった・・・と、今でも思っています。

■障がい児育児の始まり

今考えると、「なんで離婚なんだ~?」と情けなく思っていますが、この時は思考がおかしくなっていた気がします。

生まれた子が障がいを持っていようといまいと受け入れようって思うのは、私にとって結構難しかったです。でも、障がい児育児が始まるとなってしまうと、受け入れざるを得ないので、最初は見切り発車って感じでした。

この先々、たくさんの受け入れがたい事も起こるのですが、だんだんとそれを「面白い」と、思えるようにもなってきました。

↓保育器生活から脱出できた日に看護師さんに撮ってもらいました。(この頃、写真はそう頻繁に撮るものではなかった・・・スマホもなかった(^^;))
Down's syndrome

ちょっと人とは違う育児だけど、いいじゃないって思いながら、家族で楽しもうとここに書いています。


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このブログに来てくださってありがとうございます。
私の中にあるものを書きだす場所として公開しています。


今現在、私の中にあるもの・・・
ダウン症児への導き方や、繊細な子への接し方や、旦那の教育かな(;^ω^)
まるでメリーポピンズのような日々。

Mary_Poppins

そんな日々はすぐに過ぎ去ってしまって、すっかり忘れてしまうのがあまりにももったいないので、文字として残しておきたくて、この場所を作っています。


もしかして、皆様の興味がある記事がありましたら、幸いです(*^^*)


*…*…*…*…* このブログに主に登場する人物の紹介 *…*…*…*…*


こんにちは「私」です。このブログの執筆者です。不思議、天然系、娘と、現実系、小悪魔、ダウン症児息子のお母さんをやっています。ダウン症児のお母さんなんて望んでやれるものでもないので、苦労も含め、めったにできない子育てを堪能中です。ついでに?コドモみたいな旦那も育成中(*^-^*)


「旦那」です。亭主関白驀進中。釣りとバンド活動が趣味です。好きな音楽はハードロック。釣りは、チヌを主に狙っています。たまにガシラ、サヨリを釣りに行きます。食べ物の好き嫌いが多すぎる、と言われますが、美味しければ食べます。世の中の食べ物、不味いのが多いから食べないだけ・・・(-_-)酒は毎晩。デイリーは酎ハイ。週末白ワイン。たまにビール、日本酒。ほぼアル中、本人自覚しています。ゲームも好きです。


世の中の料理レシピほぼ完全否定。好きな食べ物「刺身」。食材をこねくり回していろいろ味付けるのが嫌いなんだな~と、食事を作るようになって気づきました・・・が、いろんな味も楽しんでもらえるように、徐々に教育中~(^-^;


娘です。好きなこと、踊ること、歌うこと、音楽的な事が好きです。ジャンルは、ヒップホップやロック系の音楽はうるさくて苦手。クラッシックやPOPな曲、ボカロが大好きです。絵も描くのも好き。勉強は苦手。大量の文字は好きじゃない。知らない人とのおしゃべりも苦手。新しい場所も苦手です。


新しい学校や新学期が母も恐怖です。慣れるまでブルーで帰ってくるもんね。繊細な子がその独特のセンスを発揮するのには時間がかかる・・・。不思議ちゃんとバレるとうまくいくんだけどね~。


息子です。重度ダウン症児です。判定の度にA。だけど、やる気満々、生きる気満載。学校の後の放課後デイサービスが大好きです。特別支援学校に通っています。
性格は、我が道を行くマイペース。人の事あまり気になりません。ダウン症の特性頑固な部分がここにあり?ついでに、親の言うことまったく聞く気もありませ~ん。俺は俺のやりたいようにやる!
好きなこと、歌ったり、踊ったり。お姉ちゃんはライバルです。憧れは、お父さん。お父さんのバンド活動を見ているからか、お父さんのように人前で歌いたいです。
好きな音楽はもちろんお父さんが好きなハードロック。お父さんと一緒に歌うのはサイコー(^O^)/だけど、僕の話す言葉は日本語でも、地球の言葉でもないみたいで、なかなかみんなにわかってもらえません。今、あいうえおから勉強中です。嫌いな事、お絵かきや工作。
創作は俺に無用(´-ω-`)。


喃語に近い、宇宙語の息子。絵カードとか2、3語の言葉でなんとかコミュニケーションとれてます。あとはジェスチャー。大げさな表現って大事なんだな~と息子と接して勉強しました。でもやっぱりいろんな人と生きて行くのには、言葉があると便利なので、頑張ってもらいますよ~


*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

自分の思い通りにしかできないこの面々が、家族としてひとまとまりに生活している日々を、 大事に記録していけたら・・・と、思っています。


似顔絵は3割増しかわいくNIGAOE MAKERで作りました。



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息子は放課後等デイサービスを利用しています。

息子にとって、なくてはならないサービスとなっています。
だってひとりで遊びに行ったりできないんですもん(´Д`)

■放課後等デイサービスとは・・・



放課後等デイサービスとは、障害を持っている子ども達にとって、療育にもとづいた、子どものための遊び場的存在です。なんでも「障がい児の学童」と言われているそう。

息子の学校のクラスのお友達は7人くらいしかいなくて、しかも、そのお友達は近くに住んでいるわけでもないので、学校以外でまったく会えません。

支援学校って校区が広いんだよね~



遊ばせる・・・というのにとても苦労しています。私がちょっとでも気を抜くと、外に出られない状態になり、

軽い軟禁に・・・(;^_^A

そして、外に出ないと、人と接する機会も減り、言葉でしゃべるという機会も減っちゃうんです。

息子にとって放課後デイサービスでの時間は、家族以外の人との関わりができる、大事なところ、そして経験や教育の場なんです。

そんなデイサービスは平成24年に障害者自立支援法・児童福祉法の改正がなされてから、放課後デイサービスという歴史は始まったようで、つい最近のことです。

それまでも、児童デイサービスというサービスがあったようなのですが、今のような感じじゃなかったそう。

ちょっと前までは障がい児を持つお母さんたちが知恵を絞って頑張っていたんですって。

私は、その人たちが広げてくれた道を、ありがたく歩いています。

歴代のお母さま方ありがとうございます。


■放課後等デイサービスでどんなことしてるの?

息子が通っているデイサービスでは、曜日変わりで、音楽療法やら、ダンスやら、先生に手遊びを教わったり、絵本読み聞かせがあったり、ゲームをしたり・・・宿題が必要な子、宿題ができる子は宿題をそこでやったりもしています。

普通の子ども達がやっているような遊びを、そういった施設に集まって、そこにいるスタッフの人たちの保護のもと、楽しくやっているって感じです。

息子はたまたま小学1年生の時から、お世話になることができて、私も旦那も娘もホントに感謝しているのですが、

事業所の中には、子どもをほったらかしの事業所もあるということと、不正受給などがあるらしく、それが目に余るという事で、事業運営の条件が厳格化という流れになってきたようです。



■放課後等デイサービスの厳格化

事業所運営条件の厳格化に、
配置すべき職員は「児童指導員」「保育士」「障害福祉サービス経験者」とし、そのうち、児童指導員又は保育士を半数以上とすること

と、あるようですが、

息子が通っているデイサービスでは、保育士の資格や教員免許をもっている人もいますが、そうでない人もいます。そういった資格をとるためにここで勉強していますって人もいるようです。

で、半数以上となると、事業所自体が人材確保が難しくなって、結局しわ寄せは子どもたちになるのでは?

と、心配しています。

そのほか、放課後等デイサービスでは、
児童発達支援管理責任者というのを事業所に1人配置しなければならない

となっているのですが、

その責任者は、福祉の施設や支援施設で、5年以上相談支援をやっていたり、介護福祉の資格を持ったうえで、福祉施設で5年以上実務経験があったり、医療系の資格を持っていて、5年以上働いていたりすると「児童発達支援管理責任者研修」の受講ができるようで、それで責任者となれるみたいです。

が、これからは、
障害児・児童・障害者の直接支援の経験(3年以上)

が必須となるらしく、児童発達支援管理責任者となるためには、「福祉の世界」を知っているというのではなく、「障がいの世界」を知っているというのが必須化されるようです。

そして、
放課後等デイサービスガイドラインの遵守と評価結果公表の義務付け

てのが決定されているようです。

■放課後等デイサービスに求めているもの

これで不正が撲滅されるのかな?



と、思ってしまっている私がいます。

私個人が、放課後等デイサービスに求めているものは、資格を持っている人でもないし、障がい児の事を良く知っている人でもありません。そりゃ資格を持っている人だと安心ではあるし、障がい児の事を良く知っていると心強くもありますけど、

なんだか、親の求めてるものとは違う「厳格化」のような気がします。

私たちが求めているもの。

それは、子ども達に寄り添ってくれること。

そこにつきると思うんですけど・・・
子ども達に寄り添うことに資格は必要ないような気がします。

私はダウン症児の母になって障がいを勉強しました。
今も勉強の途中ですけど、障がいや福祉なんてまったく考えていなかったし、まったく知りませんでした。

でもとりあえず、10年くらい一緒に暮らせています。

放課後等デイサービスでも、ここで子ども達と「命」を勉強したいと思う先生がいるならば、一緒に頑張ろう的な仕組みになるといいのにな~。資格より熱意です。

障がいって知っていくと「命」や「人の生体」について、なんで?とかどうして?と、感じることが多くあって、謎解きみたいでおもしろいです。

生活の上では大変なことも多いのですが、

考えさせられる部分もあり、普通の子どもとは違った部分も見られて、そこも「人間」のおもしろさを感じます。

児童デイサービスという流れから、放課後等デイサービスという方向に流れるまで、40年くらいあったそうですが、障がい児の学生生活は今後どういった方向になるんだろう・・・。

いい方向に行くことを願うばかり。

障がいを持っているというだけで、命の危険が多かったりするので、普通の人よりも「死」は隣り合わせ。そんな命を大切に少しでも楽しく生きてもらいたいと思っています。

法的な厳格化に目を向けるより、私としては、

「障がいの謎」の方に目を向けてほしい。
障害を「治す」という方向にはいかないのかな?

そうしたら、放課後等デイサービス云々よりも、子どもらも親も国も生活が楽になるんじゃないでしょうか。

それは簡単じゃないかもしれないけど、法自体も「質」の向上をめざしてもらいたい・・・なんて思っています。


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