ダウン症児とHSP娘との暮らしのブログ

HSPだと思われる娘とダウン症児の息子と暮らしています。多くの気づきを得られる刺激的な毎日なので、忘れちゃもったいないな・・・と思って綴っているのですが、年々綴るのが遅くなっています。子どもらが育つということは親が年を取るということ。指が動かん・・・。

小学生ライフ

冬の間はいいのですが、夏になると、息子の汗が補聴器を襲い、補聴器が錆びます。

寒いのが苦手な息子にとっては、初夏から夏の間はいい時期なのですが、息子の友達、補聴器君にはあんまりいい時期じゃありません

汗から補聴器を守るためにしてみたこと

学校で汗だくになって、遊んだり、授業をうけたりしているので、耳付近の汗が補聴器の電池室の中に侵入している模様。家に帰って、補聴器をケースにしまおうとする時に、電池を出すのですが、電池室と電池が錆びているのを発見したりします。

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昨日きれいに拭いたばっかりなのに~と思いつつ、錆を拭きとって、ケースに入れ乾燥させ、
次の日学校に付けて行くと、また錆びていて、夏はこの繰り返し

なんとかならんもんかと、カバーをつけたりもしたのですが、我が家の補聴器の汗被害は改善せずでした

補聴器の錆対策1 補聴器カバー

補聴器のカバーは、濡れた状態でずっとつけていることの方が、デメリットが大きいこともあるそう。

息子自身がこまめに変える知恵を持っていないので(重度のダウン症児には難しい作業です)、補聴器カバーはあきらめました

補聴器の錆対策2、乾燥ケースに入れる

学校にいる時間に、少しでも補聴器を乾かす機会をつくったらどうだろうと、思い立ち、プール授業の時は補聴器を外すので、先生にお願いして、補聴器乾燥機を持って行って補聴器を乾燥させるようにしてみました。

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が、帰ってから補聴器調べてみたらやっぱり錆びてました
プールの時間だけ乾燥しても、その後汗が噴き出てるみたい

補聴器の錆対策3、補聴器屋さんに相談する

ど~しても、どうにかしたかったので、補聴器屋さんに相談したら、結局、これはどうしようもない事なのだとか。

毎日錆をとっていくしか方法がないのだそうです。
年配の方や汗がそんなにひどくない人だったら、錆びるということは少ないらしいのですが

「やんちゃざかりの男の子なので、汗かいて、補聴器が錆びるのしょうがないよ~ε- (´ー`*) 」

との補聴器屋さんのお言葉・・・。

「補聴器壊れても、治してあげるので、なくさなければいいですよ」という事でした。

その方向でしか対策がない?

という事にびっくりでした。

補聴器の錆、そのままにしていると・・・

そうこうしているうちに、夏も終盤。

錆の季節もそろそろ終わりになってきたので、夏の疲れを取るごとく、補聴器メンテナンスに出そう思う頃、

補聴器からの音が急に聞こえなくなりました。

汗のせいで故障じゃ?


補聴器の錆が嫌なのは、壊れて音拾ってくれなくなるから・・・

錆をそのままにしておいたわけでもなく、せっせと毎日ふき取って、せっせと乾燥頑張っているにもかかわらず、

毎年、毎年、夏終わりごろに聞こえなくなったり、聞こえてても、メンテに出すと、「壊れてますね」と、言われたりします

そして修理。
昨年の修理代は、両耳で3万円でした。

補聴器購入時の金額の1/4くらいもかかる・・・。


補聴器の寿命は5年ほどだと聞きますが、毎年新品買う方がいい?というくらいの勢いの修理金額です

修理に出している間、補聴器を借りることができるのですが、息子の補聴器の扱いに不信感ありなので、借り物に何かあったらどうしようの気持ちからあんまり借りたくはない・・・。

なので、できることなら、我が家の補聴器君には毎日ぼちぼちと頑張ってほしい・・・ と、思っているところなのですが、 今年も、なんの解決策も見いだせず、また汗ばむ季節とともに、補聴器の錆もやってきました。

補聴器屋さんの言うように、「錆はしょうがない」の気持ちを持つのが難しい~

防水補聴器

昔の補聴器はもっと水、汗に弱かったそうです。しかし、最近の補聴器は、防水性に優れた物もあるらしく、息子の補聴器も防水仕様なのですが、この始末。

今は、もっといい補聴器があるかも・・・的気分になっています。

補聴器は、以前は補助がなかったのですが、最近は購入時に補助が出るようになりました。5年たっていれば全額ではないですが、補助がおりるので、以前よりも購入に躊躇がなくなり、躊躇がなくなったゆえに性能を求めてしまいます

ここはひとつ買い替えを検討?

補聴器の防水には、国際規格表示があって、「IP〇〇」と書かれているのだそう。IPに続く1つ目の数字が、防じん等級、2つ目の数字が防水等級を表しています。

IP57、IP58、IP67、IP68のいずれかの等級が多いそうです。

補聴器の乾燥だけじゃなく、クリーニングするという方法も考えましたが、↓ちょっと高かった


また来年の夏も、「錆が~」「補聴器壊れた~」の記事書くことになるのかな~とほほ


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娘もついに小学校を卒業しました。

中学校入学式も終わり、こちらもやっと一息ついたところ。

私の時の小学校卒業式とは違い、子ども達の衣装のきらびやかさに、時代を感じたので、ここに記しておこうと思います。



小学校の卒業式、やっぱり袴は多かった




小学校の卒業式に何を着るの?

と、娘に聞いたら、

袴がいい

と、躊躇なく答える娘。

5年生になると、6年生の卒業式で送る側として参列します。その時に袴を着ている子が多かったのだとか。

袴か~

私のイメージでは、袴は大学卒業とか、そのくらいで着るんじゃないの?と思っていたので、6年生の卒業式で見てきた小学生の袴はその時まったくイメージできませんでした。

あんな苦しいもので式の最中大丈夫?トイレも行きにくいし・・・。なにより着付けが大変じゃん。

と、いろいろ不安材料ばかり考えてしまう私でした。

選んだのは袴ドレス


結局、悩んだ末、娘の卒業式に、我が家が選んだのは、袴ドレスというものでした。

トップスが丈が短い着物、袴がスカートになっていて、ゴムが入ってました。
枕つき帯はマジックテープで止めるものだったし、ぐるぐる巻きの部分が少ないので、身体の負担がすくなく、なにより、スカートなのでトイレも楽。

生地的には少し薄いし、着物のように襦袢や帯、腰ひもなどがないので、正式な袴よりチープに見えるかもですが、洋服感覚で娘でも着られるものだったので、娘の意見を取り入れつつ、私の不安を払拭するものはこれしか選択肢がなかった・・・

でも、我が家の娘はこれで満足していました

ホンマもんの袴


我が家は袴ドレスにしましたが、普通に着付けをした袴姿の子がやはり多かったです。聞いたところによると、レンタルして・・・というのを多くの人から聞きました。

レンタルだと、着付けをしてあげたり、もしくは、着付けを頼んだりと大変だったろうなぁ・・・。何時に起きたんやろ?

とか私は考えてしまいました。

みんなちゃんときれいに着付けして、朝いつも通りに登校してました。袴はめんどくさいという思いは、難なくクリアしてるのね・・・こんな母ですまん娘よ


袴禁止となってしまう学校もあるようですが、

袴禁止にするところの原因は?
・早朝からの着付けや長時間にわたり体を締め付けられることにより、気分が悪くなり、式中にしゃがみこんだり途中で退席せざるを得なくなったりする児童がいた。
・履き慣れない靴のため(略)つまずいたり転倒したりする児童がいた。
・和装など着慣れない服装のため動きにくく、また、着崩れすることにより、準備していた学習の成果(姿勢、歩き方、所作等)が発揮できなかった。
などのようです。

でも、一生に1回のことなんで、きれいにして卒業させてあげたいよね

卒業式に洋服の子も健在


いくら袴が多いといっても、全体の半数くらいはスーツでした。スーツの方が長く着られるし、冠婚葬祭にも便利ですもん。AKBみたいなのが多かったけど、今、いろんなスーツ出てるので、選び放題ですよね。

ドレスの子もいました。

ドレスは少数派だったので、めちゃくちゃ映えてました。

でも、寒そうだった・・・。



卒業式がなんか東京ガールズコレクション的になってた気が・・・
それだけ日本が豊かって事だよね・・・。



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もうちょっとで小学校卒業の娘。

やった~
と、親が喜んでいること、
それは集団登校の付き添いがなくなること~♡

娘が通っている小学校地区では、登校する時は集団登校でした。

居住地を班にわけていて、その班に該当するところの小学生が集まって登校するというふうになっていて、その班に保護者が1人ついていくという形をとっています。



私が小学生の時は、集団登校ではなかったので、それがどんなものか知らなかったです。

小学生に交じって、大人がポツン・・・は、結構居心地悪かった。そういうの好きな保護者の方もいるのかもだけど・・・。

私が連れて行ってた小学生の性格だったのか、すんごくみんな大人しかった。誰も登校時しゃべらない・・・いたたまれん!って感じ

小学生の人数は10人くらいから最高で18人。数ヶ月に1回、1週間、付き添い登校だったのですが、その1週間が苦行。

小学校の登校ってこうだったっけ?友達としゃべりながらの登校の日もあったような気がしたけどなぁ・・・?

同じ学年同士でもしゃべらないんだ・・・。

と、不思議な登校だったです。

昭和の登校風景

私の時の登校時がおかしかったのかな?
昭和の私の登校は・・・

●私は45分かけて、小学校まで歩いて行ってました。(小1の足で、です。小6になると多少早く学校へ行けるようになりましたが、遠かった~
●小学校1年生から一人で行っていました。
●親はまったく心配していないような感じでした。当時、登校を心配していた親いるのかなぁ?
●登校時は、途中で友達と会うこともしばしばで、友達と会うと、お喋りしながら学校まで一緒に行っていました。
●遅刻だ~って時には、他の人の目も気にせず、ひたすら学校まで走ります。

つ~のは、普通じゃない?
今はまったく違うのかな?

集団登校のデメリット

平成生まれの娘の登校風景は私とはまったく違ってました。地域の特色で集団登校?私が田舎の学校だったから集団登校じゃなかったのかな?それとも時代?だんだん犯罪や事故が多くなってきたから集団登校を推奨するようになったのかな?

集団登校で困ったなって場面は・・・

列の先頭を決めるのが難しかった

我が家が所属する集団登校の班には、小1~6年の全学年まんべんなくいました。列は2列に並んで行きます。その列の先頭に高学年の者が、低学年が一番後ろ、低学年の後ろから保護者が付いて行くって形でした。

新しい学年になる前の3月、集団登校時の列の先頭を決める話し合いをします。新しい年度で小6になる子達の中の誰かがリーダーって感じで列の一番前で歩くのですが、そのリーダー選びが大変な時もあったりします。

6年生の誰かが「私がやります」と、毎年言ってくれていたのですが、娘が小6になった時は誰もいなくて揉めて、結局小6の中からは決められなくて、「しかたないからやってあげる」と、言ってくれた子は小6ではなかった。

リーダー不在の年は決めるのが大変だぁ・・・。まぁ前に行きたくない気持ちはわかるけど・・・。

集団登校は低学年にはメリットありですが、高学年には苦痛?

娘の学校までの道のりは、信号機のない横断歩道があり、車もそこそこ通るし、朝の車は結構スピード出してます。子どもが通っているのに車の方はおかまいなしって感じ。歩道も狭いし、歩道内に停める路上駐車もよく見かけます。そんな道路事情なので、小学1年生には少し大変で、親も心配です。

なので、集団登校が親的には安心なのかもしれないけど、子どもら的には楽しくはなさそう・・・。友達でもない人たちと一緒に学校に行くのはなんだか・・・って感じに見受けられました。しかも知り合いでもない低学年の子たちを連れて行かないといけないんで、負担に思っているのかもしれません。

待ち合わせ時間を守るのが難しかった

娘は朝起きるのが大変苦手。
なので、集団登校する待ち合わせの時間に間に合わない、ということもしばしば。

高学年になるにつれて、もう自分で学校行ける・・・という自信があるからか、待ち合わせ時間に間に合わせようとする気すら見受けられなくなっていきました。

それは、高学年の子にありがちなようで、娘が低学年の頃、高学年の子達の中には、待ち合わせ時間に来ない子、いました。

高学年になると、待ち合わせ時間に来ない子は、自分で学校まで行ってもらうというルールにのっとり、時間になると他の集まった子達は学校へ出発します。

出発時間を6年間守るというのは、かなり難しいんじゃ・・・というのを感じました。多少の時間の誤差で学校へ行くということができないので、そこは集団登校のデメリットじゃないかな・・・と、思いました。

列をなして行くのは危険

私が考える集団登校の一番のデメリット、それは、列が長くなると、車がつっこんできたら逃げられない!という事。

集団登校は、2列で歩道を歩いてました。

娘が低学年の時は、8~10人くらいだったのですが、人気の地域になったのか?はたまた人気地域から押し出されてこちらが開発地区になったのか、コーポやマンション、新築の家が出来だして、気づいたら18人の大所帯に・・・

その18人を2列にして、ガードレールもない歩道を連れて歩く。1列だったら18人なので、先頭までめちゃ遠くなる、なんかあっても駆けつけられん!かといって、2列だと狭い歩道にびっちり。

車来るたびにひやひやする~
車がその列をめがけてやってきたり、ちょっと車が方向を誤ると、私たち逃げようがない!

長い列は、散ることが難しいのだ!

しかも、中には、歩道を歩いてくれない子もいる

「あぶないよ~」と注意を促せばすぐに歩道にもどってくれる子がほとんどだったのですが、娘が6年生になった時、注意を促しても、もどってくれない子もいた~

元気ハツラツすぎて、飛んだり、跳ねたり、しゃべったり・・・集団登校中、ヒヤヒヤでした。

小学校の登下校の思い出は、中学校生活の糧に・・・

娘にとって、集団登校はあんまりいい思い出ではありません。

好きな子と一緒に学校へ行きたかった

だよね~。

班の中に好きな子を作れればよかったのですが、HSP娘にそれはちと難しかった

中学生になったら集団登校ではなくなる~

やった~

親もやった~

でも、HSPな娘なので、次の問題を考えついてました。

誰か一緒に学校行ってくれる人いるかな・・・
一人でとぼとぼ行かないといけないかもしれない・・

なんじゃそりゃ?集団登校いやなんじゃなかったの?

一難去ってまた一難?HSP娘は問題を作るのが得意です・・・




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おとといの夜、

「さあ、もう寝るよ。iPad充電して」と、言ったら、息子がiPadを充電のため、棚に置こうとして、私の顎にiPadが直撃!!

痛い!!

めちゃくちゃ痛かったので、少々怒り気味に言ってしまったのですが・・・

息子は真顔で

「もめん(ごめん)(´・ω・`)」

と、言ってくれました。(「ご」がうまく言えなくて、「もめん」に聞こえたけど~

おお~「ごめん」が言えるようになってる~( ゚Д゚)

学校の先生の話によると、クラスのお友達と、こんな事があっても、お互い「ごめん」って言い合えているのだそうです。

毎日生活している私ですが、そこに気づくことなく過ごしてしまってた

小さい時は、「ごめんね」が言えるようになってほしくて、謝まらなければならないときは、「ごめんね」の意味で、ヨシヨシと頭をなでることを教えました。

言葉をなかなかしゃべれるようにならなかった息子。小5の現在も普通にスラスラ日本語しゃべれません。単語を少し知っていて、知ってる物の単語をたまに言うって感じ。指さし、ジェスチャーの方が言葉より多く使います。

でも、息子とのコミュニケーションは、以心伝心の部分が大きいです。少しの言葉、指さし、ゼスチャー、伝えたい場面の前後を考慮して、息子のいいたい事をこちらが考えるという感じ。

そんなコミュニケーションって、多くの人とつながる事が難しいので、なるべく言葉を発してほしくて簡単な言葉は教えるようにしています。

単語が少し話せるようになった段階で、「ごめんね」という言葉も教えたのですが、「ごめんねと言って」という風に、強要に聞こえたのか、素直に謝れない場面が多々ありました。

「ごめんね」の言葉の意味はちゃんとわかっているようだったのですが、「謝りたくない」気持ちが息子の心の中にあるのかな?

反抗期に「ごめんね」習得時期が重なったのかなぁ・・・と、思っていたのですが、

今宵、この場面を得て、

すんなり謝れるようになってるじゃ~ん!

と、うれしかったです。

謝れないって生活する場で人間関係こじらせる元、と私は考えているので、「謝るは大事」と教えたかったんです。

でも、こういうのは自然な流れで、子どもの中に入るものなんだなぁと私が学びました。



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娘は今年、小学校卒業です。
娘的には、

6年生の1年間は、散々だった。

そうです。

支援学級と普通学級を行き来しているお友達のお世話係に、先生が何かと任命してきて、修学旅行も、運動会も、クラスの係さえ、その子と一緒にしないといけなかったのだとか・・・。



娘の担任の先生は、娘の弟が支援学校に行っていることを知っています。私の推測なのですが、
多少なりとも障がいを見ているということから、お世話係に任命したのかな?と思ってしまいました。

しかし、娘はぽやっ~としている天然ちゃんなので、人の世話ができるタイプじゃありません。

弟が障がいを持っていても、姉が世話焼けるわけじゃないんだよ!

娘にも世話をしてくれる人が必要な時があるのにさ~。先生どこ見て任命してるのかなぁ・・・。

担任の先生は、支援学級のお友達の世話を、お世話係に丸投げで、できていないと、「出来ていないじゃないっ」と、その支援学級の子と一緒に娘も怒られてしまうそう。

なんじゃ!そりゃ!

すごい暴言を健常の子どもが支援学級の子達に浴びせてることも度々あるそうですが(ごく一部の子ども達のよう)、そんな時先生は、「そんな事言わない!!」とは、怒ったりする時もあるみたいです。

障がい児が絡む場面でうまくできない先生なのかな~?

娘はそういった暴言吐く健常の子たちと、支援学級の子の間で、板挟みになってしまい、支援学級の子と学級の事をすると、健常の子たちがすっと引いて行くのを感じる・・・と、言っています。

障がいを持つ人とかかわるの、大人でも難しいので、子どもにはなおさら難しいよね・・・



インクルーシブ教育って、学校じゃ無理では?

そこにいる子達の心の状態によっては、まったくできない事もある気がします。場に集まった人がよければ、インクルーシブになるのかもしれませんが、そうじゃなかったら、えらいこっちゃやと思うんだけどなぁ。

なので、息子は支援学級ではなく、支援学校にしました。

ただでさえ生徒数多いのに、その多さの中、子どもらを導くって先生はめちゃ難しい立ち位置にあり、子どもらは忙しい先生の導きが少ないと、どうすればいいかわからんという場面になっちゃう。

今の日本の学校で、インクルーシブ教育だぁって思われる学校いくつある?つ~か、インクルーシブの前に、健常者同士の仲もこじれてる気がします。

普通の子どもと先生の仲が良くなる方が急務では?

そこができてからのインクルーシブだと思うんだけどなぁ・・・。

息子が幼児期に通った保育園はインクルーシブでした。でもそれは先生がたくさんいて、なおかつ学習ではない場面だったからいけたと思っています。

子どもにお世話係を任命することなく、大人が世話をしていたからか、子ども達がその世話の状態をみて、「俺にもやらせて~」「私もしたい~」と、息子の世話を子どもがしたがるという図式でした。

学習は個々の能力が如実に出てしまうので、学校でインクルーシブは難しいのではないかと思います。

お世話係ができてしまう背景を考えたら、インクルーシブ教育を考えるになってしまった。インクルーシブ・・・「仲間はずれにしない」、「みんないっしょに」という意味だそう。

しかし、一緒にやる事によって、普通の子のお世話係が仲間からはじかれるとはこれいかに?

先生も大変なんだろうけど、先生に便利に使われてしまう子達にもスポットライトを当てて、ちょっとでもそんな事が減るといいな・・・。

子どもにインクルーシブ教育するのではなく、大人がインクルーシブ学んだ方がうまくいくんじゃないかな・・・。

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