ダウン症児とHSP娘との暮らしのブログ

HSPだと思われる娘とダウン症児の息子と暮らしています。多くの気づきを得られる刺激的な毎日なので、忘れちゃもったいないな・・・と思って綴っているのですが、年々綴るのが遅くなっています。子どもらが育つということは親が年を取るということ。指が動かん・・・。

    教育・療育

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    息子が利用している放課後等デイサービスは、系列事業所がいくつかあり、その中の2つの事業所を利用しています。

    そのデイサービスから移動のお願いメールがきました。
    「来年度の受け入れがいっぱいで、次年度の人が入れないので、他の系列デイに移動してくださ~い」との事でした。

    小学生の時から利用させてもらっているデイなのですが、利用している子達がだんだん小学生~中学生くらいの子になって、高校生くらいになると、ちょっと浮き出します。

    そのこともあってなのかな?


    と、勘ぐってみたりして・・・

    実際、多くの障がいを持っている子達が空きを待っていて、高校生になった息子は下から突き上げられるように肩身が狭く感じます。

    でも、遊びが一番必要なのは、小学生だからしょうがないよね・・・
    高校生になった息子は、年下の子達のお世話を頑張っているよう。学校では同じ年の子達とのふれあいが主なので、いろんな年代の子に触れ合えるのは放デイならではかなって思います。

    放デイを移動するにあたって、心配なのは、受け入れ先で息子がうまく入れそうな雰囲気かなぁ~って事だったのですが、「大丈夫では?」という話。移動した先のお友達とうまくできるかな?と思ったのですが、それなりに交流のある子もいるらしく、長年放デイの世界にいる息子なので、顔が広くなっているみたいです

    数年前にも、別のデイサービスで、「重心や未就学児、小学生に力を入れたいから」と、他への移動をお願いされたのですが、またしても~。

    その時は、移動先のデイサービスが決まらなくって大変でした。
    やっと決まって、今結構なじんでてよかった~と思っていたところだったのですが・・・。

    障がい児が成長した後の受け入れ先が、少なすぎるのを実感しています。

    小学生くらいまでなら、いろんなところがあるようで、障がい児の勉学に役立ちそうなプログラムを考えてくれるデイもいっぱいできてきました。

    しかし!

    中高生のデイサービスの充実はまだまだでは?

    と、私は思っています。


    小1~高3までの学生生活の放課後を充実させるという事が、学生の心とか身体の栄養分と私は思ってて、普通の子ならば、自分で充実させる力を持ってるけど、障がい児はそうじゃない

    どうしても、人の手助けが必要です。

    人の助けが必要な子達だけれど、そばにいる人にとっては、人を勉強するとてもいいチャンスがやってくるので、障がいを持つ人のそばにいることはそんなにデメリットだらけではありません。

    なので、もっと多くの施設、多様な事業所ができるといいなぁって私的には思ってるけど、世間では障がいを持つ人はあまりよく思われないんだよね~

    手助けの見返りに、利益があるような、回る感じの世の中になってくれたらいいなぁ~って思います。

    回ってると、障がいを持った子が生まれても、親はちょっとは安心できる。回ってないと、いつこのサービスが終わるんだ~って不安になる

    回るってとても大事だと思う。ちなみに障がいをもっている人、円とかくるくる回るのが好きな人多くて、息子も回るおもちゃとか大好きです。(↓みたいなスロープ的なおもちゃが大好き。今も大好き。)


    なぜ好きなのかな?
    その答え?的なものを見つけた時はとても衝撃的でした。

    「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」という本の中に、「色んな物を回しているのは何故ですか?」という項目があり、

    回っているもののどこが楽しいのか、分かりますか?普通の景色は回転しません。回転するものはとても刺激的です。僕たちから言わせると、それは見ているだけでどこまでも続く、永遠の幸せのようです。

    というのがあって、めちゃくちゃ腑に落ちました。


    息子が回るおもちゃの中に見ているのはこういうこと?


    もうデイサービスはなくなっちゃ困る事業になっていて、いい事業所もあるけど、あれ?なところもあったりします。

    人を扱うので、それなりなサービスを提供してほしいけど、それに見合った利益も大事だよね。そういった回る仕組みがうまく構築されたらなぁって思ってます。

    が、このご時世、ベーシックインカムになったら、こういったのなくなっちゃうのかな?今はこれを心配していて、移動なんてまだまし的に思ってしまう私。

    障がいをもっている人たちが教えてくれている、円は美しいって社会はまだまだだなぁ・・・


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    新学期になって、子どもたちはストレスマックスで帰ってきました。娘はHSPなので(親が思っているだけだけど・・・)新しい事は幼児期からだめでした。

    幼稚園からずっと、クラス替えの度に新しい先生や友達に慣れるのに一苦労。慣れるのは3学期くらいにやっと慣れてきてました。

    習い事に至っては、毎日の事じゃないので年単位で慣れるという・・・。バレエ教室は9年通って慣れたのが6年目くらい

    高校生になって、初めて1クラスしかない特殊なクラスに入ったことで、今年は少し大丈夫でした。

    でも先生が新しい先生だったから、気疲れして帰ってきたけど・・・。疲れて家に帰ったら、すぐ爆睡して、夜寝られない~ってなるのが嫌なんだよねぇ。


    息子は幼児期から小学校までは、新学年への移行はそんなに気にならなかったです。なので大丈夫なタイプなのかと思っていましたが、

    中学くらいから、新しい事に対する不安を感じているように見受けられました。

    よく考えると、幼児期から小学校までは、全部が新しくならないように保育園や学校が考えてくれていました。

    保育園のクラスの友達はずっと持ち上がりだったし、先生は担任の先生はいたけど、遊びの時間が多く、大勢の先生が交代で息子を見るというスタイルだったので、多少の先生の移動はわからないって感じでした。

    ↓息子の保育園は人数が多い保育園でした。先生も多かったです。いろんな事して遊んでいる子の中に先生も交じってるって感じでした。そんな大勢の中では、ダウン症児が1人いてもあんまり気にならないって感じで息子にとってはとてもいい環境でした。
    hoikuen-asobi

    支援学校の小学部の時は、息子の学年、1クラスしかなかった。友達は普通小学校から入ってくる友達を1人か2人迎え入れるくらいで、ほとんどメンバーが変わりませんでした。
    担任の先生も3人~4人いて、学年が上がると先生も変わったのですが、1人はクラスに残ってくれる先生がいたので、全員先生が変わるという事はなかったです。
    shiengakkou
    そのおかげでか、不安があんまりなかったのかな?と思いあたりました。


    支援学校の中学部になると、普通小学校から支援学校へ変えてきた友達がどっと増えて、高校になるとさらに増えました。
    普通学校に行っている子たちは言葉でやりとりするので、言葉でのやり取りができない息子には大変な環境となってしまいました。

    先生も全入れ替えとなったり、他学校から入ってくる先生が多かったりと、落ち着かない環境となっているようです。

    だからか?
    高校1年生になった時が一番しんどそうでした。
    言葉でどういう事があったか伝えられないので、家に帰ってぐったりって感じで、デイサービスでも様子がおかしかったようです。

    学年が上がるごとに知識や経験値も上がっていくから、というのもあるのかなぁ。

    知恵がついてくると、その分余計な不安も増すのかもしれません。

    そんな事を考えると、今の世の中の子どもの世界の不安は、みんな知的な子たちばかりだから?

    そうかも・・・。昭和の子ども、知的って感じじゃなかったよなぁ・・・。

    ま、昭和は情報が少なかった。やってみないとわかんなかったもんね。
    今は情報知りすぎて、逆に新しい事への不安煽ってる感じになってしまっているのかもしれません。

    学生生活って1年ごとにすべて変わるので、こんな事になるかも、あんな事になるかも、と毎年考えなくてはいけないのがデメリットって気がします。

    新しくなった場所が自分にとって嫌な場所なら1年頑張ればいいとなるかもですが、いい場所でも1年たったら変わるので、心が落ち着かないよね

    もうちょっとで二人とも、社会に出ていくのですが、もしかしたら学校生活よりも社会生活の方がいいのかな?

    職場を変えなければ、新しい事にはなりにくい
    環境のいいところに勤められればいいなぁ

    物事は、グラデーションで変える方が人の心には優しい気がします。

    うちの子たちは優しい切り替わりでないと生きていけないなぁ・・・。


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    ダウン症の息子は毎年、「ダウン症に関して」の診察を受けています。

    障がい児家庭には、特別児童扶養手当という

    身体または精神に重度・中度障害のある児童を監護する父もしくは母、または父母に代わってその児童を養育している人に支給される福祉手当

    があるのですが、

    その手当に申請しようとすると、申請書に医師の診断書が必要で、そこにダウン症であるという記述を書いてもらわなければならないのです。
    tokubetujidoufuyouteate

    我が家の場合、ダウン症って生まれてすぐに染色体の検査をして、21番目が3本あるって写真もあるのですが、
    Down's syndrome2
    その写真持って急に病院に行って、診断書書いてって言っても書いてくれなさそうなので、そのために毎年受けているのが「ダウン症に関しての診察」です。

    他のダウン症児を持つご家庭はどのようにしているのかわからないのですが、我が家では息子が生まれてから病院たらいまわしがあって、病院の連携がうまくいかず、最終的には自治体が持っている障がい児が通う園に併設された診療所に診察をお願いしました。


    そんな診察も幼児の頃は発達検査などをして、軽度、中度、重度の見極め的なものがあったのですが、重度判定を受けてからは、診察も「何か困った事はないですか?」って聞かれるくらいになってしまいました。

    困りごとはあっても、相談するところが幼児期とは違って、支援学校の先生や放課後等デイサービスとあるので、そちらの方に相談することが多くなってて相談することがなくなってきました。

    診療所では、PTやSTの事なんかを教えてもらえるけど、障がい児は年を重ねるごとに、伸びしろがなくなっていってる気がします。

    伸びしろが少ないと、訓練してもあんまり伸びない~。

    特にダウン症児は頑固といわれていて、息子も頑固な部分が多く、頑なに自分のやり方を変えようとしないってところがあります。

    訓練で変えるのが難しい

    日々のかかわりの中で少しずつ変えるしかないので、学校やデイサービス、家庭と一丸となってことに当たった方がうまくいきやすいです。

    しかも、我が家の息子、A判定。Aって最重度ってことで、ここから軽くなることはないっぽい。幼児期ならともかく、16歳にもなって、急に知的障害軽くはならんやろうなぁってのはみんな思ってて、私も思ってる

    そして、A判定だからか、特別児童扶養手当のための申請って療育手帳でできるようになって、医師の診断書が必要なくなりました。

    そういう感じなので、今はますます「ダウン症のための診察」は意味をもっていない状態です。

    そんなところも、自治体関連の診療所だからか、18歳までしか診察してもらえないという決まりになっていて、

    でも!

    18歳すぎたら、学校と放課後等デイサービスがなくなるので、そこから必要なんだよ~。

    どこも相談するところがなくなる!恐怖!


    という事で、次にどこで診察してもらったらいいかわからん的な話を診察時にしてみたら、「リストがあるので、次の診察までに作っておきますね」だって。

    次って1年後だよね?

    私絶対忘れるわ!

    と、思ったので、ここに記録しておきます。

    次はこのリストもらわないと・・・。

    ダウン症って20歳くらいがピークで、その後は老化の道へまっしぐらって話を聞いてるんだけど、そんな時にどこも頼るところがなかったら困る!!


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