ダウン症児とHSP娘との暮らしのブログ

HSPだと思われる娘とダウン症児の息子と暮らしています。多くの気づきを得られる刺激的な毎日なので、忘れちゃもったいないな・・・と思って綴っているのですが、年々綴るのが遅くなっています。子どもらが育つということは親が年を取るということ。指が動かん・・・。

    教育・療育

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    今年高校2年生の娘の今期の授業料、全引き落としが11月に終了しました。

    娘の進学については、実質無償化を少し期待して私立を選びましたが、おおコケとなってしまいました。今ひーひー言って学費の払い込みをしています。

    もうちょっとよく考えればよかったな。公立と私立がこんなに違うなんて。

    実質無償化の制度で補助してもらえる金額は、「118,800円」か「396,000円」のどちらかです。
    「課税標準額×6%-市県民税の調整控除額」という計算式で、154,500円未満なら「118、000円」で、304,200円未満なら「396,000円」、304,200円以上なら0円です。

    計算式が複雑なんで、モデル世帯の年収めやすという項目から考えていた我が家だったのですが、年収めやすはあくまで「めやす」だったです

    154,500円未満・・・年収目安590万円未満・・・396,000円の補助金

    304,200円未満・・・年収目安910万円未満・・・118,800円の補助金

    我が家的には、396,000円の補助金の方だろうと思っていたのですが
    ギリギリラインはめちゃ大変だぁ~

    118,800円と396,000円の差も大きすぎると、私は思う!
    277,200円の差はひどくない?
    娘が行っている私立の学費は1年間で60万ほどです。そのうちの10万くらい支援してもらってもあんまりうれしくない。

    公立高校平均授業料・・・2万5,378円・・・諸費用込みで1年間 45万7,380円
    私立高校平均授業料・・・23万26円・・・・諸費用込みで1年間 96万9,911円

    三菱UFJの記事より引用しました。
    どうしても私立に行かせたい!どう捻出する?私立高校の学費


    実質無償化の文言、詐欺!大げさ!まぎらわしいぞ!


    私立についての誤算は、他にもありました。

    私立は施設使用料とかもかかってくるという話でしたが、これがまたべらぼうに高い。娘の高校はコース積み立て金という名目で20万くらいかかります。3年目だけは6万円となぜか安くなってます。

    1年生時・・・200,000円
    2年生時・・・200,000円
    3年生時・・・60,000円

    このコース積立金の中に修学旅行費、授業にかかる備品代などが含まれています。なので、最初にバシっと金額が出ていて、これ以上の追加金額が提示されることはないので、そこは安心なのですが・・・。
    その他、iPad購入必須、制服代が120,000円が公立と違うところかなぁと思います。

    iPad  50,000円
    制服代 120,000円

    iPad購入必須の公立高校もあるかもだけど、制服代が12万って高すぎない?

    なので、実質無償化って期待する代物ではないのだな・・・と、身をもって知りました。もう数年もすればまた変わるのかもしれないけどさ。

    最低補助金が「118,800円」ってのは、公立高校の補助金と同じようなので、公立と同じ額は出しとるで!私立行くんやからそれ以上は出さんとな・・・、という政府の圧?
    実質無償化は、私立高校つぶさないため?

    教育って誰のためのものだっけ?



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    我が家にダウン症児がやってきた日のお話です。
    私は妊娠しやすいタイプじゃなく、長女が生まれた時、

    神様、ひとりでも私たちのもとへ子どもを連れてきてくれてありがとう

    と、思ったものでした。

    なので、
    2人目がその後すぐ来てくれるとは思っていなくて・・・
    1年後、ホントにすぐやってきてしまいました。

    ■妊娠初期
    息子は私のお腹の中で、すくすく育ってくれました。
    私も体重管理もそこそこできて、特に問題もない妊娠初期時代でした。

    当時、出生前診断は羊水検査とトリプルマーカーという検査で、新出生前診断はありませんでした。

    通っていた病院のドクターは命の尊厳を大切にする先生で、出生前診断を勧めない方針だったので、出生前診断について言われることはありませんでした。言えばしてくれたと思うのですが、院の方針や、娘がまだ生まれたばかりだったことで、なんだか言う方向ではなかった、というのが妊娠初期時代の様子です。

    今思えば、これが運命の分かれ道?だったのかも。


    もしかしてここで、出生前診断をしていたらどうなっただろう?と、思うこともありますが、今では、我が家に息子が来てくれてよかったと思っているので、検査しなくて良かった、と、心から思っています。

    ■妊娠中期
    息子はよくお腹を蹴る子で、お腹が張って痛かったです。娘の時は、ひたすらじっと我慢してその日(この世に出てくる日)を待っているような感じでした。

    早く出せ~


    と蹴っていたのかもしれません。

    その他、長女と違ったエピソードは、なかなか性別が確認できなかったこと。

    病院に診察にいった時など、エコーでお腹の中を見ているドクターに性別を聞くたびに、「隠れてわからないんだよね~」というのが何度もあって、わかったのは、出産予定日にかなり近くなってからでした。今考えると息子は「ダウン症」というアイテムを持って生まれてくることを、私に隠したかったんじゃないかな~なんて思っています。

    この頃、娘の方が大変だったです。母乳しか飲んでくれなくて、息子のために卒乳したかったのですが、あまりにもミルクを嫌がったので、産婦人科の看護師さんと相談して、ぎりぎりまで母乳をあげることにしました。私は母乳が出るタイプではなかったので、これが結構つらかったです。

    今思えば、母乳を卒業したくなかった娘は、息子に

    お母さんは渡さない


    みたいな感じだったのかなぁ・・・?

    ■出産直前
    出産日も押し迫ったある日、前期破水という症状?スーパーで買い物していたら、下から水が・・・。

    慌てて病院に行きましたが、その時は、まだ大丈夫だと思うから、あまり動き回らないように・・・とのことで帰宅しました。
    しかし、0歳の長女の世話もありますし、動き回らないは無理!

    ある朝、私は、夢を見ていました。お腹の子が自分で胞衣?みたいなのをピッと割る夢でした。
    起きたら、パンツが濡れていて、病院に駆け込み、入院決定となってしまいました。

    2週間ほど入院しましたが、もうもちそうにないから産もう、ということになり、妊娠促進剤で出産という運びになりました。

    入院中、破水したくせにわりと元気だった私は、妊娠促進剤投与の後、再放送をやっていた「ひとつ屋根の下」を「わ~やった~見ようっと」と、ウキウキしていました。

    しかし、その矢先、陣痛が~(>_<)

    えええ~?今?せっかくテレビ見ようと思っていたのに~妊娠促進剤効くの早すぎる~

    と考えていた呑気な母への息子のいやがらせじゃないかと思ったりしてました。

    促進剤~陣痛~出産の運びは早かったと思います。昼過ぎくらいに促進剤投与だったのですが、それからしばらく休んでて~といわれ、テレビを見ようとした16時少し前に陣痛。そして出産は17時くらいでした。「ひとつ屋根の下」を見てゆっくりしているハズだった時間に、陣痛で私は吐きまくり、旦那は病院に呼ばれ、私の背中をさすらないといけないハメに・・・。

    旦那は、

    出産には立ち会わんからな・・・


    と言うタイプ。私もべつに、

    いいよ~


    てな感じだったのですが、運の悪い奴なのか、長女の時も、なぜか旦那が休みの日で、しかも出産時そばにいさせられて、出産場面を見る羽目になり、

    今回は、病院から召喚命令~。陣痛で苦しんでいる間、なぜか私は吐き気を催すタイプで、ゲーゲー吐いたもんで、呼ばれたのかも。看護師さんから、「背中さすってあげて!」

    と、命令されていました。

    ■出産
    さあ出産という時は、産科、小児科のドクター、看護師さん、たくさんの人が、足元にいっぱいでめっちゃ恥ずかしかったです。旦那は娘と一緒に別室にいてくれたみたい。

    陣痛~出産までの時間は1時間ほどで、吐きまくったけど、時間的にはそんなに長い時間じゃなかったです。

    出産じたいもころっと出た、といった感じで出産できました。

    しかし、出産した後の、ドクターの行動が・・・。

    娘の時は、カンガルーケアとかしてもらえたのですが、息子はささっと連れていかれてしまいました。34週で出ちゃったので、しかたないけど、なんかさみしかったのを覚えています。

    その後、息子は保育器直行、私は出血も多かったので、大人しく寝てろと病室へ直行。

    しばらくして、病室へドクターがやってきました。そこでダウン症だと思うと伝えられました。

    「顔をみたらダウン症の特徴の顔をしているから検査した方がいいと思う」


    と、先生は言っていました。

    ダウン症の顔ってどういう顔よ!


    と、怒りたくなったけど、言われた事が衝撃的すぎて、「検査お願いします」としか言えませんでした。

    ■染色体検査の結果が出ない
    検査結果がなかなか出なくて、結局私の退院の日までは出ませんでした。つ~か、息子の退院日にも出てなかった。1ヶ月くらいかかりました。(私は1週間ほど、息子は2週間入院でした。)

    その間、不安で、不安で、ダウン症の特徴とは?と、入院中も、退院後もずっと調べていました。その頃は、スマホもなかったし、インターネット内の情報も今ほどたくさんなかったです。でも本の情報の方がすごく古くて、ネットの情報の方が新しく感じました。

    その時、調べたダウン症の特徴は・・・

    • 目が吊り上がってる。
    • 目と目の間隔があいている。
    • 手相がますかけ線。(猿線というそうです)
    • 身体がやわらかい。
    • 耳、頭、口が小さい。
    • 手の小指が短い。
    などでした。

    先生はダウン症の顔ってどこを見て思ったんだろう?


    とも考え、モンモンと過ごしました。

    ■ダウン症だと知ったのは封書での検査結果
    検査結果は封書で届きました。
    sensyokutai1


    検査結果
    【染色体異常が認められました。】
    検査コメント
    【トリソミー21を認めました。】

    と、書かれてあり、中には染色体の写真も入っていました。
    Down's syndrome2


    赤ちゃんのベテランの先生の言う通り、息子は「ダウン症」でした。

    ■障がい児出産は離婚危機?
    先生からダウン症だと思うと伝えられた時、旦那にどう伝えたら?とか、伝えて「離婚」とか言われたらどうしよう」とかぐるぐる頭の中を回りました。でも伝えないわけにはいかないので、素直に言われた事をそのまま伝えました。

    離婚と言われるのが怖くて、その後に、


    離婚する?


    と言ってしまったのですが、

    なんで?ダウン症だったのは仕方ないさ。


    とあっさり言ってくれました。
    「ダウン症」を一番に受け入れてくれたのは、産んだ「私」ではなく「旦那」でした。このことが私はすごくうれしくて、ここから私たち家族が始まった・・・と、今でも思っています。

    ■障がい児育児の始まり

    今考えると、「なんで離婚なんだ~?」と情けなく思っていますが、この時は思考がおかしくなっていた気がします。

    生まれた子が障がいを持っていようといまいと受け入れようって思うのは、私にとって結構難しかったです。でも、障がい児育児が始まるとなってしまうと、受け入れざるを得ないので、最初は見切り発車って感じでした。

    この先々、たくさんの受け入れがたい事も起こるのですが、だんだんとそれを「面白い」と、思えるようにもなってきました。

    ↓保育器生活から脱出できた日に看護師さんに撮ってもらいました。(この頃、写真はそう頻繁に撮るものではなかった・・・スマホもなかった(^^;))
    Down's syndrome

    ちょっと人とは違う育児だけど、いいじゃないって思いながら、家族で楽しもうとここに書いています。


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    娘の通っている中学校は、普通の公立の中学校です。
    その中学校にパソコンが導入されました。

    文部科学省は、「GIGAスクール構想」を提唱しているそう。
    GIGAスクール構想とは?文科省のHPを見てみると、
    多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、子供たち一人一人に公正に個別最適化され、. 資質・能力を一層確実に育成できる教育ICT環境の実現へ。1人1台端末は令和の学びの 「スタンダード」12月13日に閣議決定された令和元年度補正予算案において
    児童生徒向けの1人1台の端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備するための経費が盛り込まれました。文部科学省HPより

    などと載ってました。
    2019年12月に打ち出したそうなのですが、コロナ禍がなかったら、娘の代でパソコンは手にしてなかったかも・・・

    私がまだ働いていた頃、職場ではパソコンは各自にあるわけではなく、入力作業をする人が、パソコンを持ってきて使う、というシステムになっていました。

    その時のOSは、windows3.1。
    職場の先輩にパソコンの使い方を教えてもらいながら、一生懸命入力を頑張っていた私でした。

    入力自体は、高校の時、英文タイプ部に所属していたので、ブラインドタッチはなんとなくできて、働きだした頃、ワープロが出てきて、仕事しつつワープロを習いに行ったので、なんとかなった。

    windows3.1から、急にwindows95が出てきて、そこから職場で1人1台、各自の机にパソコンが置かれるという職場環境になりました。

    そこからウン十年もたって、やっと学校で1人1台のパソコンか~。大人が使い始めて、子どもに流れてくるまで何十年も月日が必要なんだなぁ・・・





    娘が学校からもらってきたパソコンは、タブレットにもなり、キーボードを装着するとパソコンにもなるというものでした。
    19aa24ca.jpg

    端末に入っているソフトは、office365と、授業支援ソフトやオンライン会議ソフトやドリルソフト、フィルタリング等が入っているようです。

    利用方法としては、学校と家の両方で使うそうなのですが、このパソコン、結構重いんです。

    落としたら弁償って先生が言ってた・・・ 。


    マジ?



    ちょっと娘、ぽや~っとしたとこあるんで、扱いが心配
    学校から貸し出している端末となるので、卒業と同時に返却するとなっています。



    もらった日に電源を入れるレクチャーがあったそうなのですが、ほとんどの子の電源が入らず、まったく起動しないままもらってきたそう。

    故障じゃないよね?


    心配になり、付属のACアダプターを付けてコンセントにセットしてみると、ちゃんと起動しました。学校でやった時は、充電がされてなかったのかな?1人1台に浮かれてるけど、学校で使う時、学校は電気代上がるんじゃなかろうか?

    持ち帰ったパソコン、娘的にはまったく興味がないらしく、机の上にポンって置いてあります。

    職場で1人1台のパソコンになった時、自分でも買って、家で操作方法を勉強したりしたのですが、娘はiPhoneでイラスト描いたり、動画撮ったり、写真撮ったり、youtube見たりしているので、パソコンが過去の遺物に見えるらしい・・・。昔の機械的感じに思っているようです。

    デジタル製品があって当たり前の時代に生まれた娘、パソコンくらいでは驚かないのか・・・AIとかが教育現場に入ってきたりするくらいにならないと、

    おおお~

    とは、思わないのかも・・・。

    娘はあと2ヶ月ほどで卒業なので、もらったはいいけど使うチャンスなく卒業となるかもしれません。

    ですが、娘の後輩たちが、家庭環境に左右されることなく、デジタルの世界を勉強できることはいい事なのでは・・・と思います。

    私の方が老害にならないように、勉強しなくては・・・(´-ω-`)



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