Hello Down’s syndrome

我が家にダウン症児がやってきた日のお話です。

私は妊娠しやすいタイプじゃなく、長女が生まれた時、「神様、ひとりでも子どもを私たちのもとへ連れてきてくれてありがとう」と、思ったものでした。

なので、

2人目がその後すぐ来てくれるとは思っていなくて・・・
1年後、ホントにすぐやってきてしまいました。

妊娠初期

息子は私のお腹の中で、すくすく育ってくれました。
私も体重管理もそこそこできて、特に問題もない妊娠初期時代でした。

当時、出生前診断は羊水検査とトリプルマーカーという検査で、新出生前診断はありませんでした。通っていた病院のドクターは命の尊厳を大切にする先生で、出生前診断を勧めない方針だったので、出生前診断は特に考えませんでした。言えばしてくれたと思うのですが、院の方針や、娘がまだ生まれたばかりだったことで、なんだか言う方向ではなかった、というのが妊娠初期時代の様子です。

今思えば、これも運命の分かれ道?だったのかも。
もしかしてここで、出生前診断をしていたらどうなっただろう?
と、思うこともありますが、今では、我が家に息子が来てくれてよかったと思っているので、検査しなくて良かった、と、心から思っています。

妊娠中期

娘よりも活発な奴だな~といった感じでした。
よくお腹を蹴る奴だったです。娘はひたすらじっと我慢して「その日(この世に出てくる日)を待っているような感じでした。息子は「早く出せ~」と言わんばかりに蹴るので大変痛かったです。

その他、長女と違ったエピソードは、なかなか性別が確認できなかったこと。エコーでお腹の中を見ているドクターに性別を聞くたびに、「隠れてわからないんだよね~」というのが何度もあって、わかったのは、出産予定日にかなり近くなってからでした。

今考えると息子は「ダウン症」というアイテムを持って生まれてくることを、私に隠したかったんじゃないかな~なんて思っています。

昔、よく当たるという手相観の方から、「男の子だったら、あまりよくない」ということを言われた事があって、今思えば、このことかな?と思ったりしています。

この頃、娘の方が大変だったです。母乳しか飲んでくれなくて、息子のために卒乳したかったのですが、あまりにもミルクを嫌がったので、産婦人科の看護師さんと相談して、ぎりぎりまで母乳をあげることにしました。私は母乳が出るタイプではなかったので、これが結構つらかったです。

今思えば、娘は息子に

「母」を取られてなるものか!

と、頑張っていたのではないかと思っているのですが、真相は定かではありません。

出産直前

出産日も押し迫ったある日、前期破水という症状?スーパーで買い物していたら、下から水が・・・。慌てて病院に行きましたが、その時は、まだ大丈夫だと思うから、あまり動き回らないように・・・とのことで帰宅しました。

しかし、0歳の長女の世話もありますし、動き回らないは無理だったのか、結局は入院という形になってしまいました。
こりゃダメだ~という朝、私は、夢を見ていました。
お腹の子が自分で胞衣?みたいなのをピッと割る夢でした。
起きたら、パンツが濡れていて、病院に駆け込み、入院決定となったのです。

2週間ほど入院しましたが、もうもちそうにないから産もう、ということになり、妊娠促進剤で産むという運びになりました。

入院中、破水したくせにわりと元気だった私は、妊娠促進剤投与の後、再放送をやっていた「ひとつ屋根の下」を「わ~やった~見ようっと」と、ウキウキしていました。
しかし、その矢先、陣痛が~(>_<)

えええ~?今?せっかくテレビ見ようと思っていたのに~(;´Д`)

今考えると、息子が、

息子
おいおい、俺が促進剤で大変な時にお前なにやってんの?

みたいな感じの、「いやがらせ」だったんじゃないかと思います。
成長した今も息子はそういう奴です(;´Д`)

促進剤~陣痛~出産の運びは早かったと思います。昼過ぎくらいに促進剤投与だったのですが、それからしばらく休んでて~といわれ、テレビを見ようとした16時少し前に陣痛。そして出産は17時くらいでした。

「ひとつ屋根の下」を見てゆっくりしているハズだった時間に、陣痛で私は吐きまくり、
旦那は病院に呼ばれ、私の背中をさすらないといけないハメに・・・。

旦那は、

旦那
出産には立ち会わんからな・・・

というタイプ。

わたしも、

別にいいよ~

というタイプなんですけど、

長女の時も、なぜか旦那が休みの日で、しかも出産時そばにいさせられて、出産場面を見る羽目になり、今回は、病院から召喚命令~。特にいてくれって私も思っていなかったのに、私がゲーゲー吐くもんだから、病院の人も、「旦那さんがそばについててあげなくちゃ」的に思われたみたい。かわいそうな奴よ・・・(^_^;)

出産

さあ出産という時は、産科、小児科のドクターから、看護師さんからわらわらいて、病院のスタッフ総出?ってくらい、足元に人がいっぱいでめっちゃ恥ずかしかったです。旦那は娘と一緒に別室にいてくれたみたい。

とても恵まれた状態での出産でした。この時は、ダウン症だとは知らなかったけど、ダウン症の子だけど、悲しまないで・・・祝福されていますよ~♡というお知らせのサインだったのかもしれません。

そんな中の出産でしたが、ころっと出た~っていう感じに出産も早かったです。

今思えば、お腹の中にいて、散々腹を蹴っていたのは

息子
「早く出せ~」

の息子のサイン?
破水も息子の「早く出せ~」のサインで、とにかくこの世に早く出たくて、出たくてしょうがなかったんじゃないかな~と思います。

出産後すぐに、保育器へまっしぐらの息子。長女の時はカンガルーケアとかあったのですが、息子は早産ということだからか、すぐにどこかへ連れて行かれてしまいました。(後でわかったけど、保育器に入ってました^^;)

早期出産したからかな~

と、思っていましたが、出産が終わってしばらくして、私の元へ主治医の先生が・・・

そして思ってもいない告白に私はびっくり仰天でした・・・。

ダウン症?

主治医の先生は「ダウン症じゃないかと思う」という告白をしてくれました。

なんでも、顔がダウン症の顔してるんですって。

え?ダウン症?

私は息子の顔を見ても、まったくダウン症かどうかわかりません。普通の子に見えるけど・・・?だったんですけど、顔がダウン症みたいだから、検査してみようと思います・・・と・・・。

ダウン症ってなんだ?

それからは、とにかく、ダウン症ってなんだ?とネット検索の日々。入院中だったので、息子のどこを見たらダウン症なんだ?というダウン症の証を探してしまっていました。

ダウン症の特徴

目が吊り上がってる。
目と目の間隔があいている。
手相がますかけ線。(猿線というそうです)
身体がやわらかい。
耳、頭、口が小さい。
手の小指が短い。

・・・などなど・・・

でも2人しか産んでない私に「ダウン症の証」は見つけられませんでした。

顔がダウン症ってどういうことよ!
と、どちらかといえば、怒っていました。
だって、顔みても、普通の子にしか私には見えなかったんだもん(;_;)

ダウン症の診断って、血液を調べてくれる機関に送るらしくて、えらく遅い返答でした。
3週間くらいはかかったと思います。
その間ずっと、不安で、不安で仕方がなかったです。
「どうかダウン症ではありませんように」と私は祈っていました。

でも、赤ちゃんのベテランである産婦人科の先生の言うことに間違いはなく、

息子は、「ダウン症児」であることが確定したのでした。

ハローダウン症児

息子がダウン症児だとわかった時、私の頭によぎったのは実は「離婚」の二文字でした。

旦那は若干亭主関白で、完璧主義者。こんな人が「ダウン症」を受け入れてくれるのかな・・・。

それならいっそ、私から言ってやれ~と、

ダウン症だったよ。離婚する?

と、言ってしまっていました。

すると、旦那は、

旦那
なんで?ダウン症だったのは仕方ないさ。

と、あっさり言ってくれました。

「ダウン症」を一番に受け入れてくれたのは、産んだ「私」ではなく「旦那」でした。

このことが私はすごくうれしくて、ここから私たち家族が始まった・・・と、今でも思っています(*^^*)

 

Posted by fraubou